昭和のテレビ司会者の息子としての育ち
DJ OSSHYは、東京・杉並区高井戸で育った。両親は昭和時代に活躍したテレビ司会者の押阪忍と、フリーアナウンサーの栗原アヤ子である。2人兄弟の長男として生まれ、幼少期はテレビ画面で父の姿を見ない日はなかったという。
「ベルトクイズQ&Q」「東芝ファミリーホール特ダネ登場!?」「プロ野球ニュース」などの番組を記憶しており、父がテレビ界で活躍する姿を日常的に目にしていた。
家庭では厳格な父、優しい母
テレビ画面では優しい印象を与える父・押阪忍だが、家庭では全く異なる側面を見せた。厳格で妥協を許さない性格であり、一方で母・栗原アヤ子はやさしく見守る存在だった。典型的な昭和の夫婦関係の中で、DJ OSSHYは成長していった。
英才教育としての習い事の日々
小学1年生から、剣道、ピアノ、習字、そろばん、学習塾といったいわゆる「英才教育」を受けた。本人は「正直、嫌で嫌で仕方がありませんでした」と当時を振り返る。
特に剣道はつらく、毎週土曜日に高井戸警察署に通い、都大会では護送車に乗って日本武道館へ向かう日々だった。泣きながら祖父に相談したこともあるという。
ピアノも同様に苦痛だった。年に1度の発表会では緊張のあまり、課題曲2曲のうち1曲しか弾けず、2曲弾いたつもりで帰ってしまった恥ずかしい思い出がある。
習い事が培った現在の基礎
当時は理解できなかったが、剣道で身に付いた「忍耐と根性」、ピアノで養われた「音感」は、現在のDJ活動の土台となっている。これらの経験が、後に自分の道を選ぶ力につながっていった。
厳格な父と昭和的な教育の中で育ったDJ OSSHYは、やがて自分の居場所を探し始める。その答えを見つけた場所が、渋谷だったという。
幼少期の教育が芸能活動の基礎を形成した例として、伝統的な習い事と現代的な職業の関連性を示す興味深いケースとなっている。



