元号も安政から万延に変わった。金沢の地からほど近い横浜が開港地として選ばれ、これから先は、亜米利加国だけでなく、英吉利国や仏蘭西国の船もこぞってやって来るのだろう。
江戸の混乱と倫太郎の決意
そのきっかけを作った開国派の大老は殺されるは、異国は何がなんでも敵とみなす攘夷派がいるは、もう公儀などあてにならん!京の都の天子さまこそが日の本の政を治めるのだと叫ぶ尊王派も増えているは、という江戸だ。そんなときに、江戸へ赴くのはいささか危険な気がしないでもない。
いやいやいや、と倫太郎は首を横に振る。国事は武士の家に生まれた以上、大切なものである。民草を守るのが我ら武士である。腰に差した二本の刀は、人々を守るためにある。と、喜一郎が誰かの受け売りのように声高に叫んでいたが、まずはお役だ。ともかく、おれのような青二才は、武士の理想を語るより目の前の仕事をせねば。
倫太郎の願望
それから──。倫太郎はある願望を持っていた。願望、というには大袈裟かもしれないが、ある人物に会いたいとずっと思っていた。そして、訊ねたいことがある。その人物はおそらく江戸にいる。だから、ともかく、江戸だ。このせっかくの好機を逃してはいけないのだ。
瀬戸神社への参拝
倫太郎は、町中を抜けて、瀬戸神社を詣でた。金沢の八つの景勝地の中でも入海に架かる瀬戸橋をのぞむ位置にあった。一昨年、この辺りは大火に見舞われ、瀬戸橋のたもとにあった料理屋『東屋』が被害にあった。しかし、今は場所を移してすっかり再開している。やはり、渡航、交易の神として、旅や商売の守護神でもある大山祇命を祀っている瀬戸神社のおかげかもしれない。
倫太郎は鳥居を潜り、石段を上がった。本殿を詣でて、旅の無事を祈った。



