和歌山市和歌浦中にある海禅院の多宝塔地下で、初代紀州藩主・徳川頼宣の母「お万の方」ゆかりの経石が15万個以上納められていたことが明らかになった。これらの経石は過去の調査で取り出された後、倉庫に保管されていたが、倉庫撤去に伴い散逸の危機に直面。地元住民らが「散逸するのは気の毒」と、5年間にわたって経石を記録し、多宝塔へ戻す作業を続けてきた。その作業が6月14日にようやく終了する。
経石の歴史と意義
経石は、徳川家康の三十三回忌にあたる1648年、家康の側室であったお万の方が追善と天下静謐を祈願して、景勝地である和歌の浦(国名勝)の妹背山に納めるために発願したもの。県教育委員会の学術調査報告書(2010年)によると、後水尾上皇から庶民に至るまで幅広い人々が賛同し、15万個以上の経石が集まった。お万の方が1653年に亡くなると、母の供養のため頼宣が多宝塔を建立。初層内部にはお万の方の戒名(法号)などが刻まれた碑が立ち、その地下には経石を納めた石室(奥行き2メートル10、幅1メートル64、深さ4メートル)がある。過去の調査では、お万の方のものとみられる遺髪も見つかっている。
住民の取り組み
経石は2004年に調査のため住民らが取り出したが、その後多宝塔に戻されず、近くの倉庫で保管されていた。2021年に倉庫の撤去が決まり、経石の保存が急務となった。地元の歴史に関心を持つ日方広行さん(75)らが仲間を募り「経石を多宝塔に戻す会」を結成。ほぼ毎月1回のペースで集まり、地元消防団も協力して、倉庫から取り出した経石を記録し、塔へ戻す作業を繰り返してきた。
5月31日には、会員約10人が多宝塔近くで経石の記録作業を行った。手のひらに載るサイズの平たい石に小さな文字がびっしり書かれており、貝殻に書いたものや渦巻き状に記したユニークなものもあった。会員たちは3時間ほどかけてコンテナから取り出した経石を机に並べ、撮影した。
作業の完了と展示
6月14日午前、最後となる経石を石室に納める予定。僧侶を招いて読経し、お万の方や頼宣に作業完了を報告する。日方さんは「時間がかかったが、多くの人の協力で達成できそうで本当にうれしい。元の位置に経石が納まり、お万の方や頼宣公も喜んでくれるはず」と語った。
すべての経石を塔に戻す前に、和歌山市立博物館で6月10日まで、一部の経石25点を展示している。



