東北地方で最大にして最古の石仏群、大悲山の石仏の魅力
「東北地方で最大にして最古」と称される石仏群が、南相馬市小高区泉沢に位置する「大悲山の石仏」です。この歴史的遺産は、JR小高駅から車で約10分の距離にあり、薬師堂石仏、観音堂石仏、阿弥陀堂石仏の三つから構成されています。大谷磨崖仏や臼杵磨崖仏と並び「日本三大磨崖仏」の一つに数えられ、1930年に国指定史跡に指定されました。
薬師堂石仏の精巧な浮き彫りと彩色の痕跡
発掘調査により、これらの石仏は平安時代に造立されたと推定されています。歩いて見て回れる範囲にある石仏群の中で、最も保存状態が良いのが薬師堂石仏です。凝灰質砂岩をくりぬいて造られており、間口15メートル、高さ5.5メートルの空間に、浮き彫り技法で表現された4体の如来像と2体の菩薩像、線で描かれた2体の菩薩像と飛天が彫刻されています。光背の一部には朱色などの彩色が残っており、本来は色鮮やかな姿であったと考えられています。元南相馬市文化財課職員で大正大学教授の藤木海さんは、「体躯のボリュームと迫力は圧巻で、光背の装飾表現も豊かです」とその芸術的価値を強調します。
観音堂石仏の巨大さと震災からの復興
観音堂石仏は、石仏群の本尊とされる千手観音坐像で、保存状態は劣るものの、高さ約9メートルと日本最大級の規模を誇ります。壁面には「化仏」と呼ばれる小さな仏像が多数刻まれており、雨上がりには石に染み込んだ水滴により色が変化して見えるという特徴があります。東日本大震災では、石仏を覆う覆屋が倒壊するなど大きな被害を受けましたが、2016年に再建され、復興のシンボルとしての役割も果たしています。
阿弥陀堂石仏の謎と修行の場としての役割
阿弥陀堂石仏は剥落が激しく、形が明らかでない部分が多く、仏像の芯の部分のみが残されています。薬師堂石仏と観音堂石仏が山林に囲まれた閉ざされた空間にあり、加持祈祷の痕跡から修行の場として利用されたと推測される一方、阿弥陀堂石仏は眺望が開けた場所に位置し、民衆に向けた「見せる」要素が強かったと考えられています。
千年の大スギと地域住民による保存活動
薬師堂石仏の近くには、県指定天然記念物で樹齢1000年ともいわれる大悲山の大スギが聳え立っています。石仏が造られた頃から存在し、共に成長してきたこのスギは、石仏の劣化を防ぐ役割を果たしてきたと藤木さんは推察します。明治時代には、スギの一部を売却して覆屋の財源にした記録も残っています。また、地域住民で構成される大悲山三尊保存会は、定期的な清掃活動を通じて石仏群の保護に尽力しており、藤木さんは「力強い存在」と信頼を寄せています。東京電力福島第一原発事故後の避難指示中も、自宅に戻った際には清掃を続け、環境整備に努めてきました。
周辺の文化的景観と復興の取り組み
石仏群の近くには、南相馬市小高区に伝わる民話「大悲山大蛇物語」にちなんだ公園も整備されています。藤木さんは、「石仏群だけでなく、大蛇物語に登場する蛇が巻き付いた岩など、周辺を歩くと地域の岩が露出する地形も楽しめます」と語ります。また、JR小高駅では、東日本大震災と原発事故の影響で休止していた営業が2016年に再開され、2024年2月には駅舎内に酒蔵ハッコウバが手がける醸造所や物販・交流エリアがオープン。無人駅に醸造所が設置されたのは全国初の試みで、訪れる人の憩いの場として地域の復興を支えています。



