戦国絵巻に込められた家族の絆と再生の物語
福島県相馬地方で毎年開催される勇壮な伝統行事「相馬野馬追」。甲冑を身にまとった騎馬武者たちが疾走する戦国絵巻の舞台で、南相馬市の星秀正さん(58)は今年、39回目の出場を迎える。その胸には、東日本大震災の津波で犠牲となった妻・さとみさん(当時43歳)への深い思いが刻まれている。
美容師としての夢を支えた妻との出会い
秀正さんがさとみさんと出会ったのは、彼女が中学卒業後に美容師を目指して努力を重ねていた頃だった。その芯の強さにひかれて33歳で結婚し、2年後には長女の幸栄紀さん(23)が誕生。さとみさんは子育てをしながら美容師としてのキャリアを築き、2007年には念願の美容室を自宅隣に開店した。
野馬追は家族の一大イベントであり、会場にはいつも夫の活躍を見守るさとみさんの姿があった。花火で打ち上げた旗を奪い合う「神旗争奪戦」では最前列に陣取り、勝ち名乗りを上げる秀正さんの雄姿に目を輝かせていたという。
震災の日、返らなかったメール
2011年3月11日、建設会社で働く秀正さんは仕事先で激しい揺れに襲われた。すぐに「津波が来る、逃げろ」とメールを送った先は、海岸から約800メートルの美容室で仕事中だったさとみさん。しかし、その返信は永遠に届かなかった。
小学校にいて無事だった幸栄紀さんをよそに、自宅と美容室は津波に流されて跡形もなく消えていた。自宅周辺や海辺で必死に捜索を続けたが、見つかったのは愛用のハサミだけ。結婚記念日の11月3日、秀正さんはついに死亡届を提出した。
喪失感から立ち上がる決意
「自分が自分ではないみたいだった」と振り返る秀正さん。心にぽっかりと穴が開いた喪失感の中、幸栄紀さんを育てるために家事をこなし、夜に一人泣く日々が続いた。しかし、馬に乗っている時だけは気が晴れることを知っていた。
手綱を握るうちに、結婚当初から繰り返し交わしてきたさとみさんとの約束がよみがえる。それは、野馬追で400騎以上の騎馬武者行列を一番前で率いる「先頭御先乗り」を務めることだった。
約束を果たした震災から3年後
過去の活躍や出場実績が認められ、その約束を果たせたのは震災から3年後の2014年。馬乗りにとって最高の名誉である大役を務め上げた瞬間、秀正さんは空を見上げた。「さとみもこの姿を見てくれているか」。馬上からの景色が涙でにじんだ。
大役を終え、野馬追から引退するつもりだった秀正さん。しかし、当時小学5年生だった幸栄紀さんから「一緒に出たい」と頼まれ、親子での出場が始まった。この経験を通じて、気持ちも変化していく。
「野馬追に出続けたほうが、さとみも喜んでくれるんじゃないか」――今ではそう確信している。
新たな家庭と変わらぬ思い
震災から7年後、秀正さんは再婚して新たな家庭を築いた。高校1年で思春期を迎えていた幸栄紀さんもこの決断を賛成してくれた。
「生きがいも増えて幸せだと思えるようになったが、さとみのことを忘れたことはない」と語る秀正さん。新しい妻とともに毎日、仏壇にご飯と花を供える習慣は今も変わらない。
39回目の挑戦へ
今年5月23日に開幕する相馬野馬追。秀正さんは心の中で亡き妻に語りかける。
「あの日から15年。野馬追の出場は次で39回目だ。今年も活躍するから変わらず応援してくれよ」
一人娘と共に駆ける馬の背に、悲しみを乗り越え、再生を遂げた家族の絆が輝いている。戦国絵巻の舞台は、単なる伝統行事ではなく、失われたものと向き合い、前を向いて歩み続ける人間の営みそのものだ。秀正さんの39回目の挑戦は、そんな深い物語を私たちに伝えてくれる。



