平野重一氏が生み出したシャクナゲ「春一番」「吉野」、国際園芸博2027へ
平野重一氏のシャクナゲ「春一番」「吉野」、国際園芸博へ

神奈川県横浜市都筑区に住む平野重一氏(98)は、ツツジ属の研究家たちから「最も売れたシャクナゲ」と認められる名花を生み出した。それは「春一番」と「吉野」という双子の品種である。花好きな人々にとって、平野氏は数多くの名花を世に送り出した「生ける伝説」だ。記者はその平野氏から直接話を聞く機会を得て、胸を高鳴らせながら横浜市都筑区大熊町にある平野農園を訪れた。

平野農園への訪問

横浜市営地下鉄ブルーラインの新羽駅から約20分。住宅街の中にある山裾の階段を上りきると、まるで農村のような懐かしい風景が広がる。そこが平野農園であり、「春一番」と「吉野」が誕生した場所である。

「春一番」の原木

平野氏は農園を案内しながら、「春一番の原木はここに生えていたよ」と敷地の隅を指さした。「当時は珍しかった海外産のツツジが偶然手に入った。小型で花がたくさん咲き、日本でも丈夫に育つという特徴があった。交配に使ったところ、雑種強勢によって良い性質が現れ、親とはかなり異なるものができた」と語った。

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品種の特徴

「春一番」と「吉野」は、早咲きで知られる「サクラゲンカイツツジ」と、中国雲南省原産の「スカブリフォリウム」を掛け合わせて生まれた。これらの品種は、ツツジ属の中でも葉の裏に鱗片と呼ばれる斑点がある「有鱗片シャクナゲ」に分類され、透き通るようなピンク色の花を咲かせる。

記者が「どちらの品種がお気に入りですか」と尋ねると、平野氏は「そう聞かれると難しいな。それぞれに特徴があり、見た目やタイプも違う」と答えた。

平野氏の経歴

平野氏は10人きょうだいの長男として生まれ、当初は他の農家向けに野菜苗を販売していた。しかし、1964年に港北インターチェンジが完成し農地の宅地化が進むと、野菜苗の売上が徐々に減少した。そこで、新たな営農の柱として、当時全国的にブームとなっていたシャクナゲやツツジの苗生産に着目した。

「商品として作るには、丈夫でよく育ち、毎年美しい花を咲かせることが必要だ。シャクナゲは暑さに弱く、日本の花木の中では普及していなかったが、ようやく改良の機運が高まっていた時期だった」と平野氏は振り返る。

専門家の評価

新潟県立植物園の元園長でツツジ・シャクナゲ類に詳しい倉重祐二氏(64)は、「日本で栽培されている有鱗片シャクナゲのほとんどは平野さんの品種で、100種ほどある。これほど幅広い育種を行っている人は日本にいない」と評価する。倉重氏は2027年に横浜市で開催される国際園芸博覧会の「植物ディレクター」も務める。

「平野さんのすごいところは、中国奥地などに足を運び、自生地の環境を手がかりに、美しく暑さに強い品種を作り出したことだ。欧州でも平野さんの花は人気を集めている」と倉重氏は語る。

国際的な受賞

オランダで10年に1度開催される世界最大級の花の祭典「フロリアード」の2002年大会では、「吉野」が金賞を受賞した。国際園芸博が開かれる2027年、平野氏は100歳を迎える。自身が手がけたシャクナゲが会場を彩ることが決まっている。

「ツツジなど、日本中から集められた古典的な園芸植物も展示されると聞いた。こんな貴重な機会はもうないだろう」と平野氏は語った。

連載について

2027年に横浜市で開催される国際園芸博覧会を前に、植物好きの記者が神奈川県ゆかりの「花人」の足跡を追う不定期連載です。

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平野重一氏のプロフィール

平野重一氏は千葉農業専門学校(後の千葉大学園芸学部)を卒業。連載第1回で紹介したシャクナゲ栽培の第一人者、和田弘一郎氏との交流を通じて、ツツジ・シャクナゲの栽培と育種を始めた。当時は珍しかった農林水産省への品種登録を進め、「吉野」「ヒラノシロ」「黄山」など7品種を登録している。