山背康佑の吉原での再会 お粂との悲恋と江戸詰めの運命
山背康佑の吉原再会 お粂との悲恋と運命

山背康佑の江戸詰めと吉原での衝撃的な再会

二十二歳で初めて江戸詰めの任を賜った山背康佑は、ある日、吉原に遊んだ藩士から偶然、小見世に出ていた「片目の濁った女」の話を耳にしました。もしや、と胸騒ぎを覚えた山背は、翌日勤めを終えた後、教えられた見世を訪ねたといいます。

籬の内にしんなりと座していたのは、まぎれもなくかつての恋人、お粂でした。山背は動転のあまり、一旦その場を離れざるを得ませんでした。蔵屋敷に戻ると、あれは幻影だったのではないか、そもそもお粂が江戸にいるはずもない、との疑いも湧きました。

吉原への執念と冷たい現実

しかし、なにしろ確かめぬことにははじまらぬと、有り金をかき集めて翌日再び吉原に向かったのです。「叔父は吉原の作法も知らず、道場破りよろしく、じかに見世に乗り込んだようでして。浅黄裏と笑われながら、それでも座敷に登楼ることはできたそうにございます」と語られています。

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総籬は引手茶屋を通さねば登楼れず、花魁と馴染みになるまで幾度か通わねばなりませんが、小見世であればそうした手間を介さずとも遊べる見世があります。山背は早速、お粂とおぼしき妓を座敷に呼びました。現れたのが、夢でも見間違いでもなく、あのお粂だと知れた刹那、彼は声をあげて泣いたというのです。

「お粂さんが見付かった安堵なのか、吉原に落ちていたことへの驚きなのか……。ただ、叔父の様子を見てもお粂さんは動じず、『どなたでありんしょう』と突き放したようにございます」と、その様子が伝えられています。

身請けの誓いと任期の壁

山背はそれでも見世に通い続け、金を貯めて、必ずお前を身請けするから、とお粂に言い続けました。しかし、藩士の江戸詰めは一年が年限で、任期が終われば彦根に帰らねばなりません。帰国が決まった日、山背は見世に登楼って、「再来年も来るから、必ず待っておれ」とお粂に告げたのです。

対してお粂は、「もうわちきのことは忘れてくんなんし」と、やはり冷ややかに告げたといいます。「自分がいては、叔父の出世の妨げになるとでも思ったのか。翌々年、再び江戸詰めになった叔父が小見世を訪ねたときには、もうお粂さんは見世にいなかったようにございます」と、その後の経緯が語られています。

お粂の行方と楼主の言葉

山背はそれでも諦めず、小見世の楼主から、お粂の落ちた見世を聞き出しました。あんな妓をわざわざお探しになってまで……と、主人は目をしばたたいたが、変に拘泥せずに河岸見世の屋号を教えたのです。

「よそに移りたいと言って聞かなくてね、うちでも稼いでくれたんだが、近頃じゃ客に平気で突っかかる、他の妓とも揉めるんで持て余してたんですよ」と、そのとき楼主は、厄介払いできたような清々した顔で語ったらしかったと記されています。

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