3月のお彼岸、まだ寒さが残るある日、私は妻の実家の墓参りに出かけた。当時3歳だった長女も、暖かい上着を着せて一緒に連れて行った。墓石に水をかけて丁寧に磨き、周りを掃除し、最後に花を供えようとしたその時、娘が墓石に小さな手を当てて言った。「おはか、つめたいね」
娘の純粋な疑問
その日、娘はお気に入りのコップ付き水筒を持っていた。中には温かいお茶が入っている。娘はそれを見て、私に尋ねた。「おはかにおちゃちゃ、かけたら、あったかくなる?」一瞬、私は迷った。墓石にお茶をかけるのははたして良いことなのか、と。しかし、娘の目は真剣そのものだった。「少しだけならいいよ」と答えると、娘はたどたどしい手つきでふたのコップにお茶を注ぎ、こぼさないように両手でしっかりと持ち、そっと墓石にかけた。
「これで、ばあば、あったかくなるね」
その言葉を聞いたとき、私はそれまでの墓参りの意味が少し変わった気がした。掃除をして花を供え、手を合わせる。それが当たり前の墓参りだと思っていた。しかし、あの日は娘の言葉の後で、私ももう一度、いつもより丁寧に手を合わせた。娘の小さな行動が、私の心に温かいものを残した。
時を経て
あれから何年も経ち、娘はもう高校生になった。背も伸び、大人びた表情を見せることも増えた。しかし、墓参りに行くたびに、私はあの日の小さな声を思い出す。冷たい墓石を温めたいという、何の計算もない優しさ。それは、今も私の心の中で温かく生き続けている。
菊池竜治(50) 東京都墨田区



