吉屋信子生誕130年、シスターフッドの源流が現代に光る
少女同士の強い絆を描いた『花物語』などで知られる小説家、吉屋信子が再注目を集めている。現代の少女小説の先駆けとして見直され、生誕130年を迎えた今年は、展覧会の開催や著作の復刊が相次いでいる。社会の規範にあらがったその生涯にも改めて光が当たり、より奥行きのある作家像が明らかになりつつある。
同性パートナーとの絆が創作の支えに
中公文庫で復刊された吉屋の評伝『ゆめはるか吉屋信子 秋灯机の上の幾山河』で、著者の田辺聖子は次のように記している。「信子は自信を得たのだ。自分のゆくてがきまった。清新な家庭小説。理想の女性を描くこと。そして千代の支えがうしろにある。もう恐れるものはないと思った」。ここで言う「千代」とは、吉屋の同性パートナーだった門馬千代のことだ。
時に心ない好奇の目にさらされながらも、吉屋は千代と生涯にわたって生活をともにした。この評伝にも登場する2人が交わした書簡が、横浜市の神奈川近代文学館で今月始まった企画展で初公開されている。千代に宛てた吉屋の手紙には、同性同士で結婚できないため、千代を養女にしたいと書かれており、「(法律を)そのうち私は改正させるつもりだ」とまで言い切っている。
少女小説の常識を打ち破った先駆性
『花物語』の印象が強い吉屋文学は、少女同士のはかない関係に象徴される感傷的な作風のイメージが先行しがちだ。しかし、その生涯と呼応するように、吉屋が描くヒロインは、男性中心社会への憤りや高い自尊心から来る周囲との衝突など、現代的なテーマを幅広く含んでいる。神奈川近代文学館館長の作家、荻野アンナさんは、「女性の社会進出が目覚ましく見える現在でも、社会のありようが根底では変わっていないことが吉屋信子を鏡にすると見えてきます」と語る。
文芸評論家の斎藤美奈子さんは、女性同士の連帯「シスターフッド」を描いた先駆けとして吉屋を再評価できると指摘する。少女小説から出発し、家庭小説や歴史小説まで手がけた吉屋は、どのジャンルでも女性の多様な関係を描いた物語が多い。逆に当時の女子学生が熱中したロマンチックな恋愛話は少なく、親に反抗する型破りな女の子や女性同士の助け合いを描くことで、従来の常識を打ち破った。
著作の復刊と多角的な作品世界
小説などの復刊も近年、進んでいる。具体的には以下の通りだ。
- 河出書房新社は『返らぬ日』『わすれなぐさ』『紅雀』の3作を、活躍中のイラストレーターを起用したカバーで文庫化。
- 国書刊行会は『乙女のための源氏物語』を復刊。
- 文遊社が刊行中の「吉屋信子少女小説集」は、容姿が優れない少女を主人公に据えた『からたちの花』など、現在手に入りにくい作品を取り上げている。
先月発売の5巻に収録された「小さき花々 中尉のお手紙」は、出征している兵隊に送る慰問袋を巡る温かなやりとりの中に戦争の影を描き込んでいる。同社の編集担当者は、「華やかできらびやかなイメージとは異なる作品も多く、より多角的に吉屋文学を読んでもらえる」と話している。
現代文学におけるシスターフッドの源流
近年、文学界ではシスターフッドがトレンドとなっている。昨年本屋大賞に輝いた阿部暁子さんの『カフネ』や、英国の「ダガー賞」を受賞した王谷晶さんの『ババヤガの夜』も、女性同士の絆を描いた作品だ。今だからこそ、そのシスターフッドの源流として、吉屋作品は新鮮に読めるはずである。ストーリーテラーとしての真骨頂は中長編にあり、『わすれなぐさ』や『紅雀』あたりから手に取ることをお勧めする。
吉屋信子は1896年に新潟県で生まれ、20歳で作家デビュー。短編集『花物語』が女子学生に支持され、戦前に独力で海外渡航した経験もある。岡本かの子や林芙美子ら女性作家との交流も盛んだった。1973年に死去し、神奈川近代文学館では5月31日まで、特別展「生誕130年 吉屋信子展 シスターフッドの源流」が開催されている。



