スポーツ観戦やコンサートのチケットは、今やオンライン販売が主流となり、ペーパーレス化が進んでいる。かつて野球場やプレイガイドで手に入れた紙のチケットは、凝ったデザインが多く、コレクション心をくすぐるものだった。そんな時代のプロ野球チケットを収集する人物がいる。
王貞治選手の存在感が光るチケット
コレクションを見せてもらいながら、「ああ、この試合行きました」「これはテレビで見た」と、思わず声が出る。現在61歳の筆者が学生だった1970~80年代のチケットには、選手のイラストや写真がふんだんに使われている。
「印刷技術が進歩し、カラフルなデザインや写真をあしらったチケットが増えた時期です。特に巨人の王貞治選手のチケットは多く、出場しないパ・リーグ公式戦のチケットにも、あの一本足打法のフォームが描かれていて、その存在感の大きさを物語っています」と、名古屋市在住の収集家、山岸茂幸さん(51)は語る。収集を始めて約40年、その数はすでに1万枚を超えるという。
戦時下のチケットに込められた思い
戦時中のチケットには「富士気高揚」のスローガンが印刷されているものもある。「何としても試合を続けたかったのでしょう」と山岸さん。きっかけは10歳の頃、古本屋の店頭で戦前の野球チケットが束で売られているのを見つけたことだ。「雨にぬれそうな場所にあり、値段も安かった。これを自分が守らなければという思いが湧き、購入するとともに収集を始めました」と振り返る。
京都から甲子園球場や大阪球場へ電車で通い、デーゲーム終わりの年配男性に「おっちゃん、見終わったチケットくれへん?」とねだって歩いたという。大人になっても仕事の傍ら、自身が観戦した試合の半券も含め収集は続いた。プロ野球公式戦を中心に、日本シリーズや日米野球など多岐にわたる。中にはTシャツにチケットを印刷した変わり種も存在する。「野球チケット博物館」としてインターネットで公開すると、古いチケットを譲ってくれる人も現れた。
チケットに刻まれた野球の歴史
「チケットには野球の歴史が表れています。戦時中は紙質が悪化し、日時が印刷されていないものもあります。変形チケットはパ・リーグに多く、観客を呼び込むための努力がうかがえます」と山岸さん。1907年(明治40年)の慶応大とハワイからの来日チームの試合のチケットは、日本初の有料野球チケットとされる。
使用済みチケットの価値
コレクションとして未使用品の方が価値が高いと思っていたが、ある出来事で考えが変わった。亡き夫が遺したチケットを女性から譲り受けた際、100枚ほどのうち1枚だけがくしゃくしゃだった。それは中日ドラゴンズの旧本拠地・ナゴヤ球場でスタンド火災が発生した試合のもの。「火が出た場所に近い席で、チケットを握りしめて逃げたのかもしれません。使用済みのチケットにも深い物語があると気づきました」と語る。
2024年には、野球殿堂博物館でプロ野球90年記念展の関連展示としてコレクションの一部が公開された。同館の関口貴広学芸員は「入場券は、その試合の出来事や記録を呼び起こすフック(かぎ)になります」と高く評価する。
電子化時代だからこそ伝えたい紙の魅力
山岸さんは、いずれコレクションを博物館などに寄贈したいと考えている。「デザインや印刷が凝っているのは偽造防止のためでしょうが、それ以上に手がけた人たちの思い入れを感じます。資料には残らない球団職員の思いや、手にしたファンの喜びが伝わってきます。電子化が進む時代だからこそ、紙のチケットの魅力を伝えたいんです」と力を込める。山岸さんのコレクションは、X(旧Twitter)の「野球チケット博物館」(@baseball_ticket)でも公開されている。



