道後温泉の刻太鼓、時を告げる音風景 漱石も耳にした伝統
道後温泉の刻太鼓、漱石も耳にした伝統の音

夏目漱石が120年前に発表した名作「坊っちゃん」の舞台である道後温泉。午前6時ちょうど、本館屋上部分にある振鷺閣(しんろかく)から太鼓の音が響き渡る。ドーン――。湯の町に一日の始まりを告げる「刻太鼓(ときだいこ)」だ。環境省の「残したい日本の音風景100選」の一つとなっている。

刻太鼓の歴史と伝統

刻太鼓は、本館が現在の木造3階建てとなった1894年(明治27年)から続く行事とされる。漱石は翌95年に県尋常中学校(旧制松山中学)に赴任し、何度も湯につかった。松山市道後温泉事務所の白川剛士さんは「当時の町役場日誌を見ると、今よりも頻繁にたたかれていたことがわかる。だから漱石も耳にしたはず」と話す。

太鼓は、午前6時と午後6時に各6回、正午に12回打たれる。12月の大掃除で営業休止となる1日を除き、欠かすことなく、人の営みとして時を知らせる。本館などの運営管理を担う「道後温泉コンソーシアム」職員のうち、振鷺閣に最も近い3階の担当者が交代で打つ。

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刻太鼓を打つ担当者の思い

勤続2年の加藤美穂さんは2日正午前、畳二つ分の部屋に上がり、赤いギヤマンガラスの窓を開けた。NHKラジオの時報に合わせ、太鼓を右手のばちで打つ。重い音が3、4秒間隔で響いた。力を込め、真ん中の少し上くらいを狙うという。左手で1、2、3と指でカウントし、11、12回目は少し短い間隔でたたいて締めた。

加藤さんは「最初は専属の人がいると思っていた。たたいている時は無心。気持ちが良くストレス発散にもなる」と話した。

刻太鼓の変遷と現代

2017~18年には、本館改修工事の資金を募るため市が行ったクラウドファンディングで、太鼓を打つ権利が返礼品にもなった。

近年、寺の鐘の音を聞かなくなった。都市部では騒音扱いされ、撞(つ)くのをやめてしまった寺も多いと聞く。刻太鼓も元々は時報代わりに何度も鳴らされていたそうだ。だが、たたく時間帯は1日5度に減らされ、その後、午前0時と同3時も取りやめ、今の3度に落ちついたという。市発行の「道後温泉 増補版」(1982年)には「深夜の太鼓は宿泊客の眠りを妨げると旅館側から苦情が出た」と記される。

10日は「時の記念日」だった。飛鳥時代の7世紀、天智天皇が水時計「漏刻(ろうこく)」を使って時を知らせた日とされる。せわしない令和の時代、時の意味や時間の大切さを改めて考えたい。

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