横浜大空襲81年、同じ悲しみ繰り返さぬ誓い 各地で祈りと平和への願い
横浜大空襲81年 同じ悲しみ繰り返さぬ誓い

太平洋戦争末期の1945年5月、30万人を超える市民が被災した横浜大空襲から81年となった29日、横浜市内の各地で慰霊法要や集会が営まれ、参加者たちは反戦平和への決意を新たにした。

瑞延寺で慰霊法要

南区日枝町の瑞延寺では、地元の三の宮地区連合町内会による慰霊法要が営まれ、約20人の関係者が犠牲者の冥福を祈った。同地区は大空襲で火の海と化し、多くの住民が死傷。また、その22年前の関東大震災でも甚大な被害を受けており、法要では両方の災禍の犠牲者を合わせて追悼した。連合町内会の米田裕信会長(80)は「法要を継続し、同じ悲しみが繰り返されないよう力を合わせて平和な社会をつくらなければならない」と語った。

平和祈念碑で祈り

中区の大通り公園にある平和祈念碑では内部が公開され、犠牲者の氏名が刻まれた銘板に遺族らが手を合わせる姿が見られた。角田静子さん(94)は13歳のとき、母のよ祢さん(享年40)を空襲で失った。当時は神奈川区に住み、母と共に防空壕へ避難したが、「危険だから外に出ろ」という声に促され、壕から出ようとした。しかし、母とつないだ手が離れてしまい、やむなく防空壕に留まったことで自身は命拾いしたという。角田さんは「戦後81年になるが、いまも母に会いたい。来年も来るよ、と伝えました」と涙を拭った。

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小学生も平和学習

近くの市立南吉田小学校の5年生約120人も平和教育の一環で祈念碑を訪れた。引率教諭は「身近な地域の戦災の歴史を知らない児童も多いので、考えるきっかけになればと毎年来ています」と説明した。

空襲体験を語る集会

市民団体「横浜の空襲を記録する会」は中区で「被災81年 5・29横浜大空襲祈念のつどい」を開催。中区の濱知博さん(93)が、火の粉が激しく降り注ぐ中を必死に逃げ惑った体験を語った。つどいの冒頭では、長年事務局長として活動を支えた藤井厚さんが今月急逝したことが報告され、参加者全員で黙とうを捧げた。

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