水俣病公式確認70年、川本輝夫氏を悼む「咆哮忌」で全面解決への道筋探る
水俣病70年、川本輝夫氏悼む「咆哮忌」で解決の道探る (16.02.2026)

水俣病公式確認70年の節目に「咆哮忌」開催、全面解決への議論が活発化

水俣病の原因企業であるチッソとの補償協定締結など、被害者救済に生涯を捧げた川本輝夫氏(1999年に67歳で死去)を追悼する「咆哮忌(ほうこうき)」が、2月15日に熊本県水俣市で執り行われました。この催しは、川本氏の命日である2月18日に合わせて開催され、遺族や支援者、行政関係者など約40名が参加し、川本氏の卓越した功績と温かい人柄を偲びながら、水俣病の全面解決に向けた具体的な道筋を探る貴重な機会となりました。

川本輝夫氏の闘いと「咆哮忌」の意義

川本輝夫氏は、劇症型の水俣病によって父親を失った経験から、認定患者のみならず、未認定患者への補償や救済活動にも力を注ぎました。特に、チッソに対して補償を求める交渉を先導し、東京本社前で約1年半にわたる座り込みを続けたその行動力から、多くの人々から「闘士」と称えられてきました。今回の「咆哮忌」は、実行委員会が主催する25回目の記念行事であり、水俣病問題をテーマにした米国人写真家、ユージン・スミス氏(1918~1978年)の元妻であるアイリーンさん(75歳、京都府在住)も参加しました。アイリーンさんは、川本氏がチッソの幹部らと直接交渉する様子を捉えた歴史的な写真などを紹介し、参加者に深い感銘を与えました。

和やかな雰囲気の中での語り合いと未来への展望

「咆哮忌」は、水俣病資料館で語り部を務める川本氏の長男、愛一郎さん(67歳)が運営する福祉施設で開催されました。参加者たちは、和やかで温かい雰囲気の中で、水俣病問題に対する思いや経験を率直に語り合い、互いの理解を深めました。愛一郎さんは、この集いについて「立場の違いを超えて、多様な人々が一堂に会し、対話を重ねることこそが、水俣病の全面解決に向けた第一歩である」と強調し、継続的な議論の重要性を訴えました。

2026年5月1日には、水俣病が公式に確認されてから70年という大きな節目を迎えます。この歴史的なタイミングを前に、「咆哮忌」は単なる追悼の場ではなく、過去の教訓を振り返りながら、未だ解決されていない課題にどう取り組むべきかを考える実践的な場として機能しました。参加者からは、行政と市民の連携強化国際的な支援の拡大など、具体的な提案も相次ぎ、水俣病問題の終焉に向けた新たな動きが期待されています。

水俣病は、日本の公害史において最も深刻な事件の一つであり、その影響は今も続いています。川本輝夫氏のような先駆者の努力を礎に、今後も持続可能な解決策を模索し続けることが、被害者とその家族、そして社会全体にとって不可欠です。この「咆哮忌」を通じて、水俣病の全面解決への道筋がより明確になり、未来への希望が育まれることを願わずにはいられません。