定員割れの危機に直面した創成館高校の大胆な改革
学校法人奥田学園理事長であり、創成館高校校長を務める奥田修史氏は、31歳で理事長職を引き継いだ直後から厳しい経営改革に取り組んできた。前理事長の時代から同校に勤務する岩永光弘教頭(51)は、前理事長と現理事長の違いについて「前理事長は『背中を見せるカリスマ』で、現理事長は『腹を割るジュニア』」と表現している。
経営危機と教職員の団結
奥田理事長が最初に実施した改革は、全職員の給与を20%、ボーナスを40%減額するという厳しい措置だった。自身のボーナスは完全に廃止し、経営の厳しさを専門家を招いて教職員全員に丁寧に説明。理解を求める姿勢を示した。当初は反発する声も上がったが、最終的には「一致団結して理事長を支えるべきだ」という結論に至り、一人も辞職する教職員はいなかった。
岩永教頭は、次期理事長と目されていた若き日の奥田氏について「アメリカ帰りだからか、フランクで、ついていこうと思わせる素地があった」と振り返る。礼儀正しく教職員に接する姿勢から「ジュニア」と呼ばれて親しまれていたという。
銀行からの融資打ち切り宣告
創成館高校は深刻な定員割れの状況に陥り、銀行側から「融資を打ち切る」という厳しい宣告を受けるに至った。この危機的状況を打破するためには、入学者200人という目標を達成することが急務となった。
オープンスクールの大胆な刷新
生徒募集の打開策として、オープンスクールの全面改革が実施された。教員らには中学校への「営業ノルマ」が課せられ、当日のプログラムも大きく刷新。当時流行していた格闘技ブームに乗り、「K-1」のような演出で教諭らが入場するという斬新なアイデアが採用された。
さらに、演劇形式で各コースを紹介するなど、従来の学校説明会とは一線を画す内容となった。生徒や教員が楽しみながら学校をアピールする姿は、関係者にとって誇らしい瞬間だったという。これらの努力が実り、入学者数の目標は見事に達成された。
苦渋の決断と中学休校
一方で、不採算部門となっていた創成館中学の募集停止と休校という苦渋の決断も下さなければならなかった。かつて強豪だった中学女子バレー部は、プレー最低人数の6人しかおらず、新入部員が来なくなると存続が困難な状況に陥っていた。
保護者への説明会では厳しい言葉を浴び、帰り際に「裏切り者」と言われた言葉は、奥田理事長にとって忘れられない記憶として刻まれている。経営判断の重さと教育への責任の板挟みの中で、必要な決断を下した苦悩が伝わってくるエピソードだ。
創成館高校の改革は、単なる経営合理化ではなく、教職員と生徒が一体となって学校の未来を切り開く取り組みとして、教育現場における新たなモデルを示している。



