プロ野球選手を夢見た息子を失った父の20年にわたる交通安全への思い
2002年に中学1年生だった息子を交通事故で亡くした宮崎県国富町深年の畜産業、笹森義幸さん(63)が、6日に同県延岡市で開催された「春の全国交通安全運動」(6~15日)の開始式で講演を行いました。笹森さんは交通事故の被害者遺族として約20年にわたり講演活動を続けており、「ドライバーが余裕をもってハンドルを握れば、悲惨な事故は減る」と事故撲滅を強く訴えています。
軽トラックにはねられて逝った野球少年の夢
笹森さんの長男である郁也(ふみや)君(当時13歳)は、2002年12月に軽トラックにはねられて亡くなりました。中学では野球部に所属し、当時は練習後に坂道を自転車を押しながら帰宅途中だったといいます。将来はプロ野球選手を夢見ていたという郁也君の突然の死は、家族に計り知れない悲しみをもたらしました。
この日の講演で、笹森さんは野球帽をかぶった郁也君の写真と、郁也君が生前に飲んでいたのと同じスポーツ飲料を手元に置き、マイクを握りました。「息子のことを一日たりとも忘れたことはありません。『お父さんキャッチボールしようや』という言葉は今も耳から離れません。子を亡くすことがこんなにつらく、悲しいのかと毎日感じています」と、悲痛な思いを語りました。
「ふみやの森」公園整備と講演活動の開始
笹森さんは「郁也の生きた証しを残したい」という思いから、事故の約3か月後に事故現場近くの土地を買い取り、「ふみやの森」と名付けた公園を整備しました。公園にはドライバーへのメッセージを記した供養碑と、「夢」と書かれた野球ボールの形をしたモニュメントが建立されています。
さらに、2005年には事故の悲惨さを伝える講演活動を本格的に開始しました。畜産業の傍ら、これまでに宮崎県内や熊本県、鹿児島県の計約150か所を回り、運転免許取得を控えた高校生らを前に事故当日の様子や家族の心境、郁也君の夢などを語り続けています。生徒たちが涙する姿を目の当たりにするたびに、自身の思いが確かに届いていると実感しているといいます。
「郁也が人をつないでくれている」
今でも郁也君の命日には多くの人々が線香をあげに訪れてくれるそうです。「郁也が人をつないでくれている。本当にありがたいことです」と笹森さんは話し、「悲惨な交通事故を1件でも減らしたい。もし皆さんの子どもや親族が加害者になってしまったらと想像してほしい」と出席者に呼びかけました。
約20年にわたる活動を通じて、笹森さんは単に事故の悲劇を伝えるだけでなく、未来のドライバーたちに交通安全の重要性を深く考えさせる機会を提供し続けています。一人の少年の夢と命が、多くの人々の心に交通安全の種をまき続けているのです。



