成田行き航空機爆破事件、アル・カーイダ幹部を書類送検 沖縄県警が米国と情報交換
成田行き航空機爆破、アル・カーイダ幹部を書類送検

成田行き航空機爆破事件でアル・カーイダ幹部を書類送検

沖縄県警察本部は25日、1994年12月に発生したフィリピン航空機爆破事件について、米国に収監されているイラク国籍の容疑者(57歳)を航空危険行為処罰法違反容疑で那覇地方検察庁に書類送検したと発表しました。

事件の概要と容疑内容

事件は1994年12月11日、マニラ発成田空港行きのフィリピン航空機が沖縄県沖大東島沖の上空で爆破されたものです。容疑者は航空機内の座席下に設置した爆発物を時限装置により爆発させた疑いが持たれています。

この爆破により、日本人乗客の男性(当時24歳)が腹部大動脈損傷で死亡し、他に10人が重軽傷を負いました。機体は損傷を受け、那覇空港(那覇市)に緊急着陸を余儀なくされました。同機には乗員乗客合わせて293人が搭乗していました。

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容疑者の背景と国際的な関与

容疑者は事件当時、国際テロ組織「アル・カーイダ」の幹部として活動していたとされています。さらに、以下のような重大なテロ事件への関与が指摘されています。

  • 1993年に起きた米ニューヨークの世界貿易センタービル爆破事件
  • 日本を経由する便を含む米国旅客機12機を同時に爆破する「ボジンカ計画」の企て

フィリピン航空機の爆破は、この「ボジンカ計画」の予行演習として実行されたとみられています。容疑者は爆発前に経由地のセブ島で同機を降りており、直接的な被害を免れていました。

捜査の経緯と国際協力

沖縄県警によると、容疑者は米国の裁判所で1998年に終身刑などの判決を受け、米国連邦刑務所に収監されています。県警は直接聴取を行うことができませんでしたが、米国やフィリピンの捜査当局と緊密な情報交換を実施しました。

この国際的な協力体制を通じて、容疑者が事件への関与を自白した事実を確認することに成功しました。今回の書類送検は、こうした国際捜査協力の成果として実現したものです。

この事件は、国際テロリズムの脅威が日本にも及んでいたことを示す歴史的な事例として、現在も捜査が続けられています。沖縄県警は今後も関係各国と連携しながら、事件の全容解明に努めていく方針です。

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