「古里の治安守りたい」震災体験が原点 塩釜署の川越巡査部長、被災地の記憶を胸に捜査に奮闘
震災体験が原点 塩釜署の川越巡査部長、古里の治安守る

震災で目撃した治安悪化が警察官への道を開く

「古里の治安を守りたい」。宮城県塩釜署の刑事第一課に所属する川越樹巡査部長(29)は、東日本大震災の被災体験が警察官を志す原点となったと語る。当時中学2年生だった川越さんは、震災直後の被災地で相次いだ盗難被害や治安の混乱を目の当たりにし、強い衝撃を受けたという。

あの日、津波に襲われた教室での避難生活

川越さんは東松島市立矢本第二中学校の2年生だった2011年3月11日、卒業式の準備を終えた直後に激しい揺れに襲われた。間もなく近くを流れる川を津波が遡上し、校舎の1階が水没。2階の教室で寝泊まりすることになり、カーテンを毛布代わりにして寒さをしのいだ。

発生から3日後、姉の迎えで学校を離れたが、市内の自宅は床下浸水の被害を受け、2階部分で母らと避難生活を送ることになった。自衛官の父は沖縄県に単身赴任中で無事だったが、市内で暮らしていた母方の祖母や幼なじみが津波の犠牲になったと後から知らされた。

震災直後の治安悪化とデマの拡散

「何者かに壊された自動販売機、窓ガラスの割れたコンビニ、傾けられてガソリンを抜かれた車」。川越さんが記憶する震災直後の被災地は、治安が大きく乱れていた。さらに「放射能の雨が降った」「外国人窃盗団が出没した」といった真偽不明の情報が飛び交い、人々が戸惑う姿を目の当たりにした。

これらの経験が「古里の治安を取り戻したい」という強い思いを育み、石巻工業高校を卒業した2015年春、川越さんは警察官の道を選んだ。

全国の災害現場で行方不明者捜索に従事

西日本豪雨での母への思い

交番勤務を経て仙台南署員となった2018年夏、西日本豪雨が発生すると現地に派遣された。広島市安芸区では土砂が流れ込み甚大な被害を受けた地域で行方不明者の捜索にあたった。

この派遣のわずか1週間前、川越さんは母の早苗さん(当時50歳)をがんで亡くしていた。教育熱心で厳しいしつけをしていた母とは親子げんかが絶えなかったが、津波で自分の母親を亡くしながらも気丈にふるまい、仕事と家事を両立させて育ててくれたことには感謝してもしきれなかったという。

「もっと素直になってゆっくり話をして、感謝の気持ちを伝えておけばよかった」。悲しみを振り払うかのように、川越さんは土砂を手作業でかき分け、手がかりを捜し続けた。

能登半島地震での被災地支援

2024年の能登半島地震では、大規模火災に遭った石川県輪島市に派遣され、再び行方不明者の捜索任務に就いた。逃げ場がなかったであろう焼け跡を前に、かつての古里の情景が浮かんだという。

「先が見えない被災者たちの不安は痛いほど分かる。少しでも安心させてあげたい」。そんな思いに突き動かされ、懸命な捜索活動を続けた。

刑事として古里の治安回復に尽力

現在、川越さんは塩釜署の刑事第一課に配属され、凶悪犯罪や性犯罪などの事件捜査にあたっている。多忙な日々を送りながらも、震災体験で得た使命感を胸に、地道な捜査活動を続けている。

「犯罪の被害回復はとても難しい。だからこそ、事件を一つでも多く検挙して治安を守りたい」。川越さんはそう語り、古里の治安回復に向けた決意を新たにしている。

東日本大震災から15年が経過した今も、被災体験が警察官としての原点であり、日々の捜査活動の原動力となっている。川越樹巡査部長は、震災で学んだ教訓を胸に、宮城県の治安維持に貢献し続けている。