無国籍で生きた苦しみとは何か:ある男性の死と女性の告白
無国籍で生きた苦しみ:男性の死と女性の告白

無国籍で生きる苦しみとは

昨秋、三重県内で自死した松田謙さん(仮名、当時28歳)は、日本人の父と不法滞在のフィリピン人母の間に生まれた。出生届が出されず無国籍のまま、小中学校に通うことができなかった。支援に当たった社会福祉法人・日本国際社会事業団(ISSJ)の大場亜衣理事(53)は、彼の前向きな人柄に「何でこんなにすれていないのだろう」と驚いたという。

フィリピン国籍を取得し、日本国籍取得を目指していた矢先の訃報に、大場さんは衝撃を受けた。「普通の人が得ていて、自分が得ていなかったものの広さや深さを一瞬で知りすぎてしまった。その嫌悪感や絶望感があったのかもしれない」と語る。

元無国籍女性の証言

謙さんの苦しみを理解するため、ISSJが支援した元無国籍の女性、ガルシア・カナさん(27)に話を聞いた。彼女は広島市で生まれ育ち、母親はフィリピン人、父親は不明。出生届は出されたが、フィリピン側の手続きがされず無国籍となった。4歳で児童養護施設に入り、17歳から一人暮らしを始めた。

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自身が無国籍だと知ったのは20歳の時。未成年後見人の弁護士やISSJの支援でフィリピン国籍を取得。現在は沖縄県石垣市で飲食店員として働き、夫と新婚生活を送る。

ガルシアさんは明るく話すが、無国籍を知った時の衝撃を語ると「国籍がない、頼れる人もいない。圧倒的な孤独感だけ。なんでこの世に生まれたんだろう、どうせ存在してないし、っていう感覚。本当に死んでもいいと思っていた」と涙を見せた。

彼女は「夢を見ることや『あそこに行きたい、これをしたい』っていう自分の人生を、あきらめた」と振り返る。乗り越えられたのは「友達と一緒にいて遊んだこと、出会った人に救われた」からだという。

精神科医の見解

四谷ゆいクリニックの精神科医・蜂矢百合子さん(59)は、日本で暮らす外国ルーツの人は「集団への帰属意識に基づく自己肯定が得難く、アイデンティティーの確立に困難さが生じる場合がある。孤立しがちな環境なら、思春期以降の精神状態に大きな影響を与える」と指摘。無国籍なら危機はより深まると言う。

家族の葛藤

謙さんの父親・忠彦さん(72)は「(無国籍のことは)お互いに触れるのが嫌だった」と語る。遺書には「一度くらい親子ケンカをしてみたかった」と記されていた。ぶつけられなかった本音が隠れた葛藤を表している。

私たちは謙さんの無言の訴えに耳を傾け、連載を通じて無国籍という社会から取り残されかけた人の存在と問題を伝えたい。それが少しでも弔いとなることを願う。

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