任期満了に伴う東京都杉並区長選(28日投票、29日開票)が、地方選挙としては異例の注目を集めている。その背景には、4年前の前回選で初当選した岸本聡子区長の存在がある。政治経験を持たず、市民グループの支援で当時の現職を破った岸本区長は、住民参加型の「対話の区政」を打ち出し、交流サイト(SNS)上などで激しい論争を巻き起こしてきた。有権者はリベラル色の強い岸本区政の継続を望むのか、それとも否か。争点の現場を追った。
JR阿佐ケ谷駅前の土地区画整理事業が問題に
「こんなことになっているなんてあり得ない。何をやっていたんですか」――2月下旬、杉並区議会の総務財政委員会で、ある建物の解体を巡る区の対応がやり玉に挙がった。岸本区長を支援するリベラル系と、自民党などの保守系が激しく対立する杉並区議会だが、この時は珍しく、出席した多くの区議が懸念を表明。中には「私も冷静に言っているが、かなり腹立たしい案件だ」と怒りをにじませた区議もいた。
波紋を広げているのは、「河北総合病院」を運営する河北医療財団などとともに、区がJR阿佐ケ谷駅前で2019年から進めている土地区画整理事業だ。28日に投票される今回の区長選でも、各候補が異なる見解を示す争点の一つに浮上している。
財団が地下の杭や一部構造物を撤去しない方針を示して
駅の北東に広がる約2万7000平方メートルの区画では、既存の区有地や民有地を交換しながら、老朽化した病院を建て替えるほか、区立杉並第一小学校を移転し2029年度に開校させる計画が進められてきた。病院はすでに区画内の別の場所に建て替えられており、続いて旧病院を解体した跡地に新校舎を建設する運びだったが、ここで区にとって予期せぬ展開が待っていた。
区によると昨年春、河北医療財団から、学校建設に影響が出ない範囲については、地下の杭や一部構造物を撤去しない方針が示されたという。その根拠とされたのが、土地区画整理事業の施行協定書の条文だった。
協定書には「現に土地を利用している者は、土地利用に支障となる障害物(杭、コンクリート等構造物、ダイオキシン類、油分等)が存する場合は、すべての物質について除去し、その費用を負担する」と明記されている。財団は「支障となる障害物」という文言を踏まえ、学校建設の妨げになる杭などは全て撤去すると説明。一方、敷地の地盤の性質上、土地利用に支障がない杭まで抜くと地盤が緩み、周辺の地盤沈下を招く恐れがあるなどとして、一部の杭などを残す方針を示しているという。
だが、地中に杭が残れば、新たに区有地となる土地の価値は下落する恐れもある。岸本区長は5月の定例会見で、「区民の財産である区有地の価値を毀損してはいけない」と強調。財団に全撤去の義務があるという考えを示したが、協定書を文字通り読めば財団の解釈が通る余地もあり、区の見通しの甘さを指摘する声も出ている。
2月の総務財政委員会で区は、協定を結ぶ際に法律家によるチェックをしたのか問われ、「そういったチェックをしたという資料は持ち合わせていない」と説明。質問した区議から「そんなことあり得ないですよ」と痛烈な批判を浴びた。
撤去を求める?求めない? 立候補予定者の意見は割れる
財団との協議が平行線をたどる中、区長選の勝者は就任直後から難しい判断を迫られることになる。
岸本区長は、小学校の開校を遅らせないための妥協案として、ひとまず一部の杭などが残った土地を受け入れ、土地の価値が下落した分などの金銭補償を財団に求める方針を示す。「協定は私が区長に就任する前のこと」と前置きしつつ、「協定に基づいて誠実に財団と交渉する」と理解を求める。
一方、協定締結時の当事者だった田中良・前区長は財団と歩調を合わせる考えだ。出馬会見で、「協定に(杭などを)全部抜くなんて書いてない。なぜ書いていないことを求めるのか」と現職を批判。「支障のない杭は残しておけば地盤は安定する」と主張する一方、協定を結んだ当時の認識については言及しなかった。
自民党推薦で出馬する大和田伸・前区議は、「杭などは病院側が全て抜くべきだ」と強調し、岸本区長と同じ立場だ。保護者らの不安が根強い病院跡地の土壌汚染の可能性も念頭に、「全てクリアしなくてはいけない」と訴えている。
財団は本紙の取材に、「協定を順守し、適切に対応する」と回答した。



