ハト派、護憲派、リベラル、中国や韓国との善隣外交――。今の政界から失われつつある価値への信念は終生揺らぐことがなかった。その存在感は、政府の要職にある時よりも、議会人としてより際立っていたのではないかと思う。
金権打破から新党ブームの先駆け
1976年、「金権打破」を訴えて自民党を飛び出し、新自由クラブを結党した。90年代の「新党ブーム」からは当たり前のようになったが、当時は衝撃的だった。
自民党が初めて下野した93年、総辞職する宮沢喜一内閣の官房長官として「謹慎」するつもりだったが、土壇場で党総裁選への立候補を決めた。官房長官の担当記者だった私に、その理由を「野党・自民党の総裁は、野党経験のある自分にしかできない」と語っていた。
非自民連立への代表質問での名演説
非自民8党派連立の細川護熙首相に対する最初の代表質問は、河野氏の面目躍如たる名演説だった。
「細川内閣が国民にとって正しい政策を展開しようとするならば、自民党も積極的にバックアップしたい」「与党内の理不尽な横車に屈することなく、国民のための政策を追求してください」
一方、官房長官や外相などの要職を歴任したが、その信念は一貫していた。河野氏の死は、日本の政治から一つの時代が終わったことを象徴している。
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