能登半島地震避難者「境界人」の悲しみ 居場所なき孤独に光を
能登半島地震避難者「境界人」の悲しみ 居場所なき孤独に

「マージナルマン」という言葉をご存じだろうか。複数のコミュニティーの境目に位置し、どこにも完全には属することができない人々を指す社会学の用語で、日本語では「境界人」と訳される。能登半島地震によって広域避難を余儀なくされた人々の姿を見るたびに、この言葉が胸に浮かぶ。

避難者の集いで見た笑顔の裏側

金沢市で開かれた避難者の集いを取材した際のことだ。輪になって談笑する奥能登出身の80代女性に声をかけると、彼女は名前を明かすのをためらった。「逃げた先で遊んでいると思われるから」というのがその理由だった。自宅も家族も失い、ようやく取り戻した笑顔でさえ、後ろめたさを感じさせていた。

東日本大震災でも同様の課題

東日本大震災の際にも、同じような立場の避難者が多く存在したと聞く。恋しい故郷にも避難先にも、心の拠り所を見いだせない人々。みなし仮設住宅のアパートの一室に点在する孤独は、社会の光が当たりにくい現実がある。

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子ども食堂がつなぐ郷土の味

一方で、金沢の子ども食堂では、避難者が自ら進んで郷土の料理を振る舞う姿も見られる。能登の味を次世代に伝えたいという思いが、彼らを動かしている。どうか、いつの日か「能登も金沢も、私の居場所」と心から思える瞬間が訪れてほしい。能登の地が、海と陸の境界で豊かな文化を育んできたように、人々の心もまた、境界を超えて新たな居場所を見つけることができるはずだ。

(高橋雪花)

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