神戸空襲から81年、犠牲者2266人の名前を読み上げ追悼 市民団体が初開催
神戸空襲81年、犠牲者2266人名前を読み上げ追悼

1945年の神戸空襲から81年となった6日、慰霊や戦災資料の収集に取り組む市民団体「神戸空襲を記録する会」(神戸市灘区)が、把握している犠牲者2266人の名前や年齢などを読み上げる形での追悼を初めて実施した。参加者らは改めて平和の大切さを考えた。

神戸空襲の実態

神戸空襲は1945年2月から8月にかけて計5回の大規模爆撃があり、神戸市域では7524人が犠牲になった。中でも3月17日と6月5日の被害が甚大だったとされる。

市民団体の取り組み

同会は1971年に発足し、犠牲者の名前なども集約してきた。2013年に神戸市中央区の大倉山公園に犠牲者の名前を刻んだ碑を建立。これまでにも刻銘の追加を行い、その都度、新たに判明した犠牲者の名前を記した用紙を参加者らに配布するなどしてきた。しかし、それ以前に刻まれた犠牲者の存在を知ってもらう機会が少なかったことから、今年は刻銘追加式とは別に、名前を読み上げる集いを催し、改めて一人一人の死を悼む新たな形を考えた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

追悼の集いの様子

読み上げ役はボランティアで募集。予定の50人を超える申し込みがあり、当日の飛び入り参加も含めると約110人に上った。神戸市兵庫区の薬仙寺で6日に行った集いで、遺族やボランティアの大学生らは1人20人分を担当し、午前10時半頃から午後4時頃まで読み上げた。名前が分からない人については、肩書などで紹介した。

参加した武庫川女子大1年の女性(19)は「名前を呼んでその人たちの暮らしを想像した。小さな子どもも亡くなっていて心が痛くなった」と話す。同じく同学年の女性(19)は「なかったことにしてはいけないと思う。10か月の幼い子どもの名前もあり、未来を奪われたことが悔しい」と語った。

同会事務局長の小城智子さん(74)は「数ではなく、亡くなられた一人一人が生きていたことを感じてほしい」と話していた。

刻銘追加式も開催

7日には大倉山公園で刻銘追加式が行われ、新たに判明した44人の名前が刻まれた。疎開中に空襲で命を落とした母と妹の名前が銘板に記された神戸市中央区の中田道子さん(90)は「戦争で犠牲になるのは国民。今もガザなど世界で戦争が起きている。戦争は絶対にしてはいけない」と述べた。

全国に広がる取り組み

戦争犠牲者の名前を読み上げる取り組みは近年、各地に広がっている。シベリア抑留体験者の遺族や支援者らでつくる「シベリア抑留者支援・記録センター」(東京都千代田区)は2020年から、数日をかけて遺族やボランティアが約4万6300人の名前を読み上げ、その追悼の様子をオンラインで配信している。同センター代表世話人の有光健さん(75)によると、きっかけはオランダでナチス・ドイツによるホロコースト犠牲者約10万2000人の名前を6日間かけて読み上げ追悼したニュースを見たことだった。コロナ禍で集会の開催が難しくなる中、オンライン開催を企画。国内だけでなくモスクワから参加する人もいるという。

3月には大阪大空襲で犠牲になった朝鮮半島出身者らを追悼する集会でも、参列者が身元が判明した朝鮮人らの名前を一人一人読み上げ、哀悼の意をささげた。読み上げは今年で3回目だ。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ