江戸時代の和算に学ぶ「理によって術を知る」精神 岡ノ谷一夫氏が薦める3冊
和算の「理によって術を知る」精神 岡ノ谷氏が薦める3冊 (17.04.2026)

江戸時代の和算に息づく「理によって術を知る」哲学

生物心理学者の岡ノ谷一夫氏が、自身の愛読書として3冊の書籍を紹介した。特に注目されるのは、江戸時代の和算書『綴術算経』である。この書物は、数学者・関孝和の弟子である建部賢弘によって著された数学啓蒙書であり、現代語訳と書き下し文によって、17世紀の和算の世界に触れることができる貴重な文献となっている。

原理を重視する和算の姿勢

『綴術算経』の核心は、「理によって術を知る」という理念にある。これは、単なる計算技法の習得ではなく、根本的な原理を理解することによって方法を構築するという態度を示している。具体的な例題を通じてこの考え方が丁寧に解説されており、読者は円周率の考察へと導かれていく。

関孝和は円周率を約18桁、弟子の建部賢弘は40桁以上の精度で計算したと伝えられている。当時の技術水準を考えると、これは驚異的な成果と言える。和算家たちが追求したのは、単なる数値計算の技術ではなく、円という図形の本質的な理解、すなわち「理」の探求であった。

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博物学と細胞生物学から見える知の営み

岡ノ谷氏が薦める2冊目は、松永俊男著『博物学の世紀』である。この書物は、植物分類学の父と呼ばれるカール・フォン・リンネを中心に、博物学の本質を問い直す内容となっている。リンネ以前の種名が「寿限無」のように長かったという比喩は、学問の進化をユーモラスに伝えている。

同時に、リンネがウプサラ大学教授になるまでの経緯が現代の大学人事と似通っている点を指摘し、「人の世は変わらぬものだ」と感慨を述べている。さらに、博物館を教育・研究の中心とする欧米と、博物館に収益を求める日本の行政姿勢を対比させ、後者を「寒々しい」と評するなど、現代の科学行政への問題提起も含まれている。

3冊目は、シッダールタ・ムカジー著『細胞 ミクロの生命史』である。上下巻合わせて800ページを超える大作で、すべての生物が細胞で構成されているという細胞説の構築から始まり、多様な技術を駆使しながら細胞の原理が深められていく過程を詳細に描いている。

この書物では、病理学と基礎科学がどのように結びついていくのかが明らかにされ、構造と機能の一致を求めて多くの研究者が奮闘してきた歴史が語られる。技術を追求した者、原理を深めた者、両方の貢献が科学の発展に不可欠であったことが浮き彫りになる。

現代科学への警鐘

岡ノ谷氏はこれら3冊を通じて、人間の「理によって術を知る」という欲望の強さを改めて認識させられると述べている。同時に、日本の科学が技術と原理のバランスを失いつつあることへの懸念を表明している。

江戸時代の和算家たちが実践したように、原理の理解を基盤として技術を発展させるという姿勢は、現代の科学研究においても重要な指針となる。短期的な成果ばかりを追い求めるのではなく、根本的な理解に時間をかけることの価値が、これらの書物から読み取れるのである。

岡ノ谷氏の書籍紹介は、単なる書評の域を超え、科学の本質とは何か、そして日本が取り組むべき課題は何かについて深く考えさせる内容となっている。和算の精神に学びながら、現代科学の在り方を見つめ直す好機を提供していると言えるだろう。

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