鳥取県北栄町大谷にある老舗酒蔵「梅津酒造」で、創業から160年以上にわたる貴重な資料が多数発見された。同社の代表銘柄「冨玲」の名称の由来となったテニス大会の優勝トロフィーや、太平洋戦争末期に航空燃料用アルコール製造を求める通達など、酒造りの歴史を物語る品々が蔵から次々と見つかった。これらの資料を基にした書籍が刊行され、注目を集めている。
慶応蔵から発見された歴史の断片
梅津酒造は1865年(慶応元年)に創業し、創業時から使用されてきた蔵は「慶応蔵」と名付けられている。もともとは日本酒を醸造していたが、約100年前から物置として使われるようになり、近年は老朽化が進んでいた。安全面の懸念から、社長で6代目の梅津史雅さん(34)が解体を決断。昨年9月の工事に先立ち、蔵の中の物品を取り出したところ、多くの貴重な資料が発見された。
最も古い資料は1867年の帳簿
見つかった資料の中で最も古いのは1867年作成の帳簿で、初代の平蔵の旧名「平助」が記されている。また、1880年の酒造免許名義書き換えに伴う鑑札料の領収書には、宛名が2代目の喜之吉となっており、代替わりの事実を裏付けるものとなっている。
代表銘柄「冨玲」の由来となったトロフィー
10代で単身渡米し、南カリフォルニア大学で学んだ後に3代目となった藤蔵が、現地の邦人テニス大会で優勝した際のトロフィーも発見された。「冨玲」という銘柄は、この大会で聞いた応援の掛け声「HURRAY(フレー)」をもじって名付けられたとされる。
終戦直前の航空燃料アルコール製造計画
1945年7月に倉吉税務署が出した通達では、航空燃料となるアルコールの製造が要請されており、そのための蒸留設備の設計図も見つかった。しかし、同年8月の終戦により、実際に製造されることはなかった。
刊行された書籍「蔵から、」
これらの資料をまとめた書籍は「蔵から、」と題され、B5判84ページで刊行された。資金はクラウドファンディングで募り、目標額30万円に対して約526万円が寄せられた。書籍では、見つかった資料をカラーで紹介するほか、酒造りの工程や酒米生産者の紹介、梅津史雅さんへのインタビューも掲載している。
今月21日には、梅津史雅さんと妻で女将の花さん(34)が北栄町役場を訪れ、手嶋俊樹町長に本を手渡した。手嶋町長は「広く町民らに見てもらいたい」と歓迎した。今後、梅津酒造の直売所で2020円(税込み)で販売されるほか、町内の学校への配布も検討されている。
梅津史雅さんは「梅津酒造のファンや日本酒好きの方に、お酒を飲みながらボロボロになるまで読んでほしい」と話している。



