水俣病公式確認から70年、被害者の訴え続く 慰霊式で追悼
水俣病公式確認から70年 被害者訴え続く 慰霊式

水俣病が公式に確認されてから、2026年5月1日で70年を迎えた。これまでに公害健康被害補償法に基づく患者認定や、2度にわたる「政治決着」が図られてきたが、被害を訴える声は今もなお続いている。

70年目の慰霊式

1日午後には、熊本県水俣市で犠牲者を追悼する慰霊式が執り行われる。式には水俣病患者や石原宏高環境相らが参列する予定だ。しかし、70年が経過した現在でも、水俣病の全容は完全には解明されておらず、被害者と国の間の溝は埋まっていない。

前日の4月30日には、石原環境相と水俣病被害者・支援者連絡会との懇談が行われた。会合では、被害者側が継続的な支援を求める声を上げた。

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水俣病の経緯

水俣病は、原因企業であるチッソの水俣工場が、メチル水銀を含む廃水を不知火海に排出したことによって発生した。1956年5月1日、水俣保健所に「脳症状を主訴とする原因不明の患者」の発生が初めて報告された。その後も環境汚染は続き、12年後の1968年9月26日、厚生省(当時)が工場排水が原因であると正式に発表した。

患者認定の現状

これまでに水俣病の患者認定を申請した人は3万3322人に上るが、実際に認定されたのは2284人にとどまっている。このうち2082人は既に亡くなっており、存命の202人の平均年齢は約82歳(いずれも2026年3月末時点)と高齢化が進行している。

国は1995年に未認定の患者約1万人、2009年には約3万8000人に対して一時金などを支給する政治決着を図った。しかし、これらの対象から漏れた人々を含む千数百人が、現在も裁判を通じて救済を求め続けている。

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