知的障害者の育児を支えるグループホームの挑戦
「障害者が子どもを産むな」──。障害のある人の出産や育児が話題になるたびに、こうした投稿が交流サイト(SNS)で散見される。誰もが子どもを産み、育てる権利があるのは言わずもがなだが、障害者への支援制度や社会の理解は十分だろうか。知的障害のある人が支援を受けながら共同生活をするグループホーム(GH)で子育て中の女性の例から、その実態を深く考察する。
グループホームで築かれた家族の日常
知的障害がある岸村いっこさん(32)は、横浜市内のグループホームで7歳の娘を育てる母親だ。昨年12月のある日、夕方に帰宅した娘は、施設の前で出迎えたいっこさんに「あいさつしてくるね」と階段を上り、2階の事務所に向かった。いっこさんと2人で扉を開くと、GHの職員が「おかえり」と顔を出す。娘はその日、学校であった出来事などを気ままに話した。「職員は友だちのような親のような存在」といっこさんは信頼を置く。
施設の3階に上がると、2人の居室がある。広さは約20平方メートルで台所、浴室、トイレ付き。居間に2人の洋服が干され、壁には娘が描いた絵が所狭しと並ぶ。ありふれた家族の部屋だが、ここで子育てをするのはいっこさんだけ。全国的にも珍しい例とみられる。
制度上は想定されていない育児環境
施設は同市の社会福祉法人「夢21福祉会」が運営。5部屋ある居室の入所者は職員の援助を受け1人暮らしに近い生活をしている。しかし、GHの制度は子育てを想定しておらず、特定の補助金や運営のガイドラインはない。
2023年度、厚生労働省の関連事業で、無作為抽出された全国のGH事業所調査が行われた。有効回答のあった300事業所のうち、利用者への子育て支援例があった事業所は8、うち利用者がGHに住んでいた例は2。それ以外では、利用者が賃貸住宅などに住み、支援を受けていた。この数字から、いっこさんのケースが如何に稀であるかが窺える。
自立と支援のバランスを模索する日々
娘が1歳の時に夫と離婚したいっこさんは、生活保護を受けつつ、近くの作業所でカフェの接客や豆腐作りをして得た工賃を生活費にあてる。家事や育児の多くは自分でこなす。一方、いっこさんは中度の知的障害で、難しい言葉遣いや曖昧な表現を理解したり、自分の気持ちや状況を説明したりすることが難しい。計算や役所の手続き、緊急時の対応などは苦手で、一部を職員に頼る。
例えば、通帳は施設で管理し、引き出しが必要な時だけ職員から受け取る。職員は時々いっこさんと一緒に通帳を確認し「今月厳しいね」「節約しないとしばらく出かけられなくなるよ」などと助言する。こうした関係が築かれたのは出産後のことだ。特別支援学校高等部を卒業後、同会が運営する別のGHに入所した当初、部屋は散らかり、作業所にも遅刻を繰り返していた。注意する職員とは何度もぶつかった。
信頼関係の構築と社会的課題
障害者グループホーム(共同生活援助)は、障害者総合支援法で定められている福祉サービスの一つ。障害の種類や程度に合わせた施設があり、厚生労働省によると、2024年10月時点で、事業所は全国に約1万4000カ所ある。集合住宅の居室などで支援を受けるアパート型のほか、他の利用者と共同生活する一戸建て型などの形態がある。
いっこさんの事例は、制度の隙間を埋める形で育児が実現しているが、課題も多い。職員との信頼関係が不可欠であり、それがなければ生活は成り立たない。社会全体として、障害者の育児権をどう支えるか、制度の見直しや理解の促進が求められている。



