100年前の「ムヒ」、幻の初代製品を池田模範堂が探求
富山県上市町に本社を置く製薬会社・池田模範堂は、虫刺され・かゆみ止め薬「ムヒ」が今年、発売から100年を迎えたことを記念し、初代製品の情報提供を広く呼びかけている。現在はチューブやプラスチック容器で知られるムヒの初代は、缶入りだったと伝えられるが、現物や写真などの資料は一切現存せず、同社は「会社の原点であり、100年の歴史が詰まっている貴重な品です。持っている方がいらっしゃれば、ぜひ連絡をお願いします」と訴えている。
創業の精神とムヒの誕生
池田模範堂は1909年(明治42年)に創業し、家庭を訪問して配置薬を届ける「売薬さん」としてスタートした。富山県や近隣地域だけでなく、遠く東北地方にも足を運ぶなど、積極的な営業活動を展開していた。しかし、業者間の競争が激化する中、顧客からは「他にないような薬を提供してほしい」との要望が相次いだ。これを受け、初代社長の池田嘉吉は、単に薬を仕入れて売るだけではなく、独自性を追求するため、製薬業への業態転換を決意した。
当時、各地で養蚕業が盛んであり、蚕に影響を与えるため殺虫剤が使えないという農家の悩みを耳にした嘉吉は、虫刺されとかゆみ止めに効果的な薬の開発を着想。こうして1926年(大正15年)に誕生したのが、缶入りのワセリン軟こう・ムヒである。商品名は「天下無比、唯一無比」から取られ、漢字表記が主流だった時代にあえてカタカナを使用し、分かりやすさを意識した。初めて「虫刺され」を前面に打ち出したこの商品は、瞬く間に評判を呼び、全国的にその名が知れ渡ることとなった。
100年の歩みと地域への貢献
池田模範堂の池田嘉津弘社長(66歳)は、「100年間売れ続けてきたことは、純粋にすごいことです。ムヒは会社の屋台骨であり、先代社長である父・嘉道からは『おろそかにするな』と常々言われてきました」と語る。現在、ムヒはチューブ入りの軟こうタイプからスティックタイプの液体、子ども用の貼り薬など、多様な形態に広がり、香港や台湾、東南アジアなど海外にも輸出されている。
また、同社は100年間一貫して上市町で生産を続け、地域の雇用創出に貢献。地元の小学校では薬に関する出前授業を開催するなど、地域密着の活動を継続してきた。池田社長は「ムヒのブランド力があったからこそ、多彩な商品展開が可能になりました。挑戦者魂が込められた初代ムヒに触れ、そのパワーを感じたいのです」と希望を述べている。
幻の初代製品と情報提供の呼びかけ
しかし、初代ムヒが市場に流通していた期間は、発売からわずか1年ほどと短く、現在では「言い伝え」としてしかその存在が知られていない。池田社長によれば、「父から、平らな金属缶に入っていたらしいと聞いたことがあります」というが、会社や池田家には現物や写真などの資料が残っていない。
池田社長は「これからの100年も良い製品を作り続けるため、初代ムヒに詰まった嘉吉のパワーを感じたいと思います。心当たりのある方は、ぜひ情報を寄せてください」と強調。情報提供は、同社広報担当(電話:076-472-1133)まで受け付けている。



