国立天文台の「星の案内人」渡部潤一教授が三鷹を離れ京都へ、天文学普及の功績を振り返る
「星の案内人」渡部潤一教授が三鷹から京都へ移籍

「星の案内人」として知られる渡部潤一教授が三鷹を離れ、京都へ新たな挑戦へ

国立天文台(東京都三鷹市)の渡部潤一上席教授(65歳)が今月で退任し、春から京都産業大学の神山宇宙科学研究所(京都市)の所長に就任することが明らかになりました。渡部教授は、日食や彗星などの天文現象を新聞やテレビで分かりやすく解説し、「星の案内人」として広く親しまれてきました。三鷹で始めた天文学の普及活動は高く評価されており、その功績が注目されています。

流星群への情熱が天文学者への道を開く

渡部教授は福島県会津若松市生まれで、1972年に小学6年生の時、ジャコビニ流星群が日本中で話題となりました。しかし、校庭で夜空を見上げても流星群は見えず、専門家の予想が外れたことに衝撃を受けました。この経験から「なぜ予測できないのか。天文学にも未知のことがあるんだ」と発奮し、学者になることを決意しました。

東京大学の天文学科に進学後、大学院では流星と彗星を研究テーマに選び、1987年に東京天文台(現・国立天文台)に入所。流星クラスター現象の解明やジャコビニ流星群が出現しなかった理由の究明など、多くの研究成果を挙げました。2006年には国際天文学連合の委員会メンバーとして冥王星を惑星から外す決定にも携わりました。

広報活動で天文学の魅力を市民に伝える

人なつこく話し上手な性格から、小平桂一教授(後に天文台長)に「広報は君しかできない」と説得され、1994年に広報普及室長に就任しました。当時は大きな天文現象を解説する記者会見がなく、「引き受けた以上は中途半端に終わらせてはならない」との思いから、2000年に三鷹キャンパスの常時公開を開始。子どもたち向けの観望会や全国的な観測イベント「スターウイーク」を始め、年間約3万3000人の見学者を集めるまでに成長させました。

現在の山岡均・広報室長は「親しみやすい語り口と分かりやすい文章で天文学の魅力を市民に伝え、社会が基礎的な研究を支持してくれる基盤を作ることに精力を注いだ」と高く評価しています。

京都での新たな挑戦と星空への思い

京都への移籍について、渡部教授は「京産大は天文学者の荒木俊馬博士が作った大学。新たな分野にも取り組みたい」と意欲を燃やしています。また、8月のペルセウス座流星群や12月のふたご座流星群が見頃になることにも触れ、「忙しい日常をしばし忘れ、たまには星空を眺めて、宇宙に思いをはせてほしい」と語りました。

渡部教授の活動は、明治時代の観測装置「レプソルド子午儀」の保存にも及び、2011年に国の重要文化財に指定されるなど、天文学の歴史的遺産の保護にも貢献しています。その情熱と努力は、多くの市民に宇宙の魅力を伝え続けてきました。