依存し合い生きる複雑さ ケアを学ぶための一冊
依存し合い生きる複雑さ ケアを学ぶための一冊

母が認知症になり、私は突然ケアの世界に投げ込まれた。よかれと思ったことが伝わらず怒ったり、これまで通りでいてという理不尽な期待を手放せず、母を落ち込ませてしまった。誰かをケアするとはどういうことか。本書は、ケアの本質を多様な学問分野と当事者の声から学べる一冊だ。子ども、高齢者、障害者、被災者など、様々な立場の人のケアが語られている。

依存と自立の新たな関係

脳性まひの当事者である熊谷晋一郎さんは、依存と自立は反対語ではなく、多くのものに依存できる状態こそが自立だと説く。子どもの頃、公的サポートがなく、首から下がうまく動かせないため学校でトイレに行くたびに母親が呼び出されていたという。一人しか頼れないのは両者にとって辛いことだった。関わる人が複数いれば状況は変わっただろう。大人になってからは東日本大震災でエレベーターが止まった時、唯一の移動手段である重量200キロの電動車いすを運べず、体だけ避難した。他の人にはエレベーターがだめでも階段があった。今、自分で意思決定できるのも、相談できる人や背中を押す人がいるからだ。自立できるかどうかは、頼れる場所がいくつあるかの違いに過ぎない。特別な人だけがケアを必要としているわけではないのだ。

小さな声に応えるために

植物状態の患者をケアする看護師は、前かがみになり患者に触れて声をかけている時に、視線が絡むような気がすることがあるという。私たちの体は動かせなくなっても、外に働きかけているのだ。生きている限り、人間は誰かの関心を引き出すことができる。しかし、その小さな声に応えるには、ケアする人に準備が必要であり、その人が普段どれだけ他の人からケアされているかにかかっている。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

複雑なケアの世界

みな依存し合って生きている。依存先が一対一に閉じると、愛は抑圧や暴力にもなる。なんて複雑なんだろう。ケアは人間の最も難しい課題なのかもしれない。うまくできなくて当然なんだという気がした。効率が重視される社会の中で、うまくできない自分を抱きしめ、人間への信頼を取り戻せる本だと思う。(2750円)

評者プロフィル

恩蔵絢子(おんぞう・あやこ) 1979年生まれ。脳科学者。東京大大学院総合文化研究科特任研究員。脳科学者の茂木健一郎氏に師事。認知症の母親との日常生活を記した『脳科学者の母が、認知症になる』などの著書がある。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ