江戸時代の「観光パンフレット」から判明、草津白根山は頻繁に噴火していた
群馬県の草津白根山において、江戸時代に作成された観光用の絵地図から、これまで知られていなかった噴火の様子が明らかになりました。東京科学大学と群馬大学の共同研究チームによる調査で、白根山(2160メートル)と本白根山(2171メートル)の活動が、従来の認識よりも活発であった可能性が浮上しています。
絵図に描かれた噴煙が物語る火山活動
研究チームは、江戸時代に草津温泉で作られていた鳥瞰図(絵地図)69枚を詳細に分析しました。これらの絵図は、当時の観光ガイドやPRパンフレットとしての役割を果たし、毎年のように作成されて全国に配布されていました。興味深いことに、これまで噴火がなかったと考えられていた時期にも、複数の絵図に白根山から噴煙が描かれていることが確認されたのです。
従来、白根山は1982年以降40年以上噴火がなく、明治時代以前については歴史資料の焼失により詳細が不明とされてきました。地元の伝承などからは、1882年の噴火以前は約70年間静穏期が続いたと推測されていました。しかし、絵図の分析結果はこの通説を覆すものでした。
東京科学大学の寺田暁彦准教授(火山学)は、「現在、草津白根山は噴火警戒レベル2の状態ですが、基本的に活発な火山であり、静かな時期の方が珍しかった可能性があります」と指摘しています。
本白根山の活動記録も絵図に
さらに重要な発見は、1818年から1830年の間に描かれた一枚の絵図に、本白根山から噴煙が上がる様子が描かれていたことです。本白根山は2018年に突然噴火し、死者1名、重軽傷者11名を出す災害となりましたが、それ以前の活動はほとんど不明でした。
地質調査では5000年前の噴火が確認されていましたが、歴史資料に噴火記録がなく、地表からも噴気が確認されなかったため、常時観測の対象外となっていました。しかし、2018年の噴火後の調査で約400年前にも噴火した痕跡が発見され、今回の絵図の発見と合わせて、本白根山が約200年周期で活動を繰り返してきた可能性が強まりました。
寺田准教授は、「絵図の噴煙が水蒸気噴火を表しているなら、本白根山は定期的に活動する活火山であることをより明確に認識する必要があります。登山や観光計画においても、この認識が不可欠です」と強調しています。
観光絵図が火山研究に貢献
これらの絵図は、草津温泉の鳥瞰図として作成され、番屋の新設や神社の移転など、温泉街の変遷が迅速に反映されていました。噴煙の描写も、単なる火山の象徴ではなく、当時の実際の活動状況を写実的に描いたものと考えられます。
群馬大学の関戸明子教授(人文地理学)は、「草津は有名な温泉地であり、多くの絵図が作成されていたため、火山活動の詳細な経過を追跡することが可能でした。全国に残るこれらの資料が、今日の火山研究に貴重な知見をもたらしています」と解説します。
実際、十返舎一九などの紀行文の記述や挿絵とも一致しており、白根山が長期にわたって頻繁に噴煙を上げていたことが裏付けられています。一方、本白根山の噴煙が描かれたのは1枚のみで、それ以前の絵図には山自体が描かれていないことから、2018年のような突発的噴火が発生した後に注目され、描写された可能性が高いと研究チームは推測しています。
この研究は、観光資源として作成された歴史資料が、科学的調査においても重要な役割を果たし得ることを示す好例と言えるでしょう。草津白根山の火山活動に対する理解が深まることで、今後の防災対策や観光計画にも新たな視点が加わることが期待されます。



