没後10年を迎えるデヴィッド・ボウイ その「沈黙の12年」の真実に迫る
英国を代表する世界的ロックスター、デヴィッド・ボウイがこの世を去ってから、今年でちょうど10年を迎えます。2001年から2016年に亡くなるまでの15年間に焦点を当てた書籍『デヴィッド・ボウイ 21世紀の男』(シンコーミュージック・エンタテイメント)を昨年10月に出版した大久達朗氏に、ボウイが残した遺産の意義について詳しく伺いました。
華やかなキャリアと突然の沈黙
1960年代から活動を開始したボウイは、「ジギー・スターダスト」(1972年)や「レッツ・ダンス」(1983年)など数々のヒット曲を生み出し、常に時代の先端を走り続けました。2016年1月にはアルバム「★(ブラックスター)」をリリースしたわずか2日後、がんにより69歳でこの世を去りました。その作品ごとにめまぐるしく変化するスタイルは、音楽界のみならず、アートやファッションなど多岐にわたる分野に大きな影響を与え続けています。
しかし、2004年にツアー中に心臓病を患って以降、ボウイは公の場から姿を消し、情報発信もほとんど行わなくなりました。この時期以降に発表されたアルバムは、「ザ・ネクスト・デイ」(2013年)と「★」の2作品のみです。どちらも極秘裏に制作され、参加ミュージシャンたちは作品内容について口外しないという契約を交わしていたと伝えられています。
大久達朗氏が解き明かす「沈黙の12年」の実態
長年にわたりボウイを研究し、関連著作も多数手がける大久氏は、執筆作業について次のように振り返ります。「ネット上に散らばる断片的な情報を徹底的に収集し、照合を重ねることで、可能な限り確からしい姿を描き出す努力をしました」と語ります。そして、スーパースターとしての華やかな活動から一線を引いた後も、「実はボウイは非常に精力的に働き続けていたことが明らかになりました」と強調します。
限られた関係者からの証言から浮かび上がってきたのは、最先端のジャズシーンに積極的に接近したり、自身のキャリアをモチーフにしたミュージカル制作に携わったりするなど、衰えることのない創作意欲に満ちた姿勢でした。大久氏は「自らに高い目標を設定し、常に成長を続けていたことが分かりました」と指摘します。また、これらの活動を一切公表しなかった理由について、「情報が氾濫する現代社会において、自らの芸術活動をコントロールするための戦略だったのではないか」と推測しています。
インターネットの先駆者としての慧眼
ボウイはインターネットの黎明期からこの技術に着目し、ネットを活用した楽曲発表にもいち早く取り組みました。大久氏は「ボウイは『音楽は水や電気のようなものになる』と発言しています。これは現在のストリーミング全盛の時代を先取りする見解だったと言えるでしょう」と解説します。その先見の明は、デジタル時代の音楽産業の行方を的確に見据えていたことを示しています。
「宇宙人」から「人間」へ ボウイの真実の姿
1970年代から80年代にかけての華々しい活躍と秀麗なルックスから、「宇宙人」とも称されたボウイ。しかし、大久氏は「彼はあくまで『人間』だった」と断言します。「音楽的に停滞した時期もありましたが、自らの作品に対して極めてストイックに向き合い、最後に優れた作品を残しました。没後10年を経た今でも多くの人々を惹きつける魅力は、まさにその『人間』としての部分にあるのです」と結びました。
デヴィッド・ボウイの没後10年という節目に、大久達朗氏の新著は、その沈黙の期間に秘められた創作活動の真実を浮き彫りにしています。情報過多の現代において、自らの芸術を守り抜いたボウイの姿勢は、今なお多くのファンや音楽関係者に深い感銘を与え続けているのです。



