女性たちの柔らかな発想が農業を革新する
農業の世界で、女性たちが新たな風を吹き込んでいます。消費者目線のサービス改善や働きやすい環境づくりを通じて、「稼げる農業」と持続可能な未来を目指す取り組みが広がっています。農林水産省の調査によると、普段仕事として主に自営農業に従事する「基幹的農業従事者」の約4割が女性で、その活躍が農業の存続と発展に不可欠な存在となっています。
千葉県富里市のイチゴ農園で進む消費者目線の改革
2月中旬、千葉県富里市のイチゴ農園では、さわやかな甘い香りが充満するハウスの中で、赤く色づいたイチゴがつややかに並んでいました。この時期、イチゴ狩りを目当てに多くの観光客が訪れます。ハウスの入り口付近には、女性従業員が発案したフォトスペースの装飾や荷物置き場が設けられ、風呂敷に包まれたかわいらしいギフト用のイチゴパッケージも好評です。
「どうすればもっと楽しんでもらえるか」。女性たちの何げない会話から生まれた工夫を次々と形にしてきたのが、「アグリシアJAPAN」代表の津田乃梨子さん(45)です。細やかな気配りと柔らかな発想が、農園の評判を支えています。
3代続く農家から事業家へ
津田さんは3代続く農家に生まれましたが、学生時代に農業を強く意識したことはありませんでした。大学卒業後は大手外食企業に就職しますが、「輸入物の使用が多く、国産野菜の大切さを見直した」と振り返ります。会社員として働く中で、「自分は事業を生み出す方が向いている」とも感じ、2008年に父から経営を引き継ぎました。
事業拡大を目指し、家族経営からスタッフを雇用する組織経営へ転換。「従業員ファースト。心も体も豊かに」をモットーに、心地よく働ける環境整備を進めました。冷暖房を完備した休憩室や更衣室を設置し、子育てと仕事を両立できるよう柔軟な休暇制度を採用。学校が長期休暇の際の子連れ出勤も認めています。
結果的に、意欲ある女性が集まり、定着率も高まりました。イチゴのほか、ニンジン、スイカなどを栽培する同法人には現在、社員3人とパート従業員10人が在籍し、そのうち9人を女性が占めます。
「女性スタッフはコミュニケーション能力にたけ、細かなことによく気づき、消費者目線でいろんな提案をしてくれるありがたい存在。一緒に、稼げる、強い農業を目指していきたい」と津田さんは語ります。
長野県川上村で進む農村社会の改革
一方、長野県川上村のレタス農家で、キャリアコンサルタントの国家資格を持つ新海智子さん(46)は、男性中心の農村社会の改革に取り組んでいます。「農業に携わる女性のウェルビーイング(心身が健康で幸福な状態)を向上させたい」という思いから、全国の農業女性をつなぎ、自己啓発やキャリアについて語り合うオンラインサロン「暮らしFITプロジェクト」を主宰。農閑期には講演活動で全国を回っています。
「前向きに、幸せに働ける農家の女性を増やしたい」と話す新海さんの活動の原点は、東京生まれの自分が農家に嫁いで感じた違和感にあります。27歳で結婚して村に移住、就農しましたが、同年代の女性は少なく、気軽に話せる友人はできませんでした。外では「○○さんのお嫁さん」と呼ばれ、「農家の嫁はこうあるべきだ」という重圧に苦しみ、自分らしさを失いふさぎ込んだ時期もありました。
しかし、子どもを産み育てるうち、「こんな姿を見せていられない」と思い直します。意識的に村の女性たちに話しかけると、みんな同様の違和感を持っていることがわかりました。周囲の目を気にして本音を隠しつつ、「そこそこの幸せ」で諦めたくないと願う女性も少なくなかったのです。
全国の農業女性をつなぐオンラインサロン
「全国の農家の女性も同じように思っているはず」と考えた新海さんは、2020年にオンラインサロンを開設しました。すると、家事や育児などに追われる中、一人の人間として語り合える場を求める人たちが集まりました。仕事や家族、コミュニティーなど様々なテーマについて語り合い、交流を続けるうちに、「自信を取り戻せた」「農業にやりがいを持てるようになった」などの声が聞かれるようになりました。
2023年には、経営の指標だけでは見えにくい心の充足や人間関係の豊かさを測定する「ハピネス診断」を全国の農業女性とともに開発。日々のやる気のコントロールや新たな目標作りなどに役立ててもらうのが狙いです。
「もっと自分を自由に、そして大切にできる農家の女性を増やしたい。そうすることで持続可能な農業の未来も描けると思う」と新海さんは語ります。
農業従事者の約4割が女性
農林水産省によると、普段仕事として主に自営農業に従事している「基幹的農業従事者数」は2024年に約111万人で、約20年間で半減しました。女性は約43万1000人で、全体の約4割を占めています。
同省は2022年度、女性活躍に関する意識調査を実施。農業経営と家事・育児・介護のパートナーとの分担のあり方を尋ねたところ、回答した女性1693人の26%が「適正だと思わない」と回答しました。うち58%は減らしたいものとして「家事」をあげています。
女性がバランスよく農業に関わるための有効策(複数回答)では、多い順に以下のような回答が寄せられました:
- 農作業の省力化(機械化・IT活用)
- 農業技術などの知識習得
- 家事・育児・介護等の役割分担の適正化
- 農業労働力の確保
経営者として農業に関わっている女性は9.3%でした。3月8日は、女性の社会参加を促し、地位や権利の向上を目指す国際女性デーです。誰もが生きやすい社会の実現に向けて、ジェンダー格差の解消や貧困・暴力などの問題解決に取り組む人たちの活動が、農業の未来を変えつつあります。



