塩屋埼灯台、美空ひばりの名曲舞台から復興のシンボルへ いわきの歴史と絶景を照らす
塩屋埼灯台、美空ひばり舞台から復興のシンボルへ

塩屋埼灯台、いわきの歴史と絶景を紡ぐ白亜の塔

朝日に照らされるいわき市の海岸線に佇む塩屋埼灯台。この白亜の塔は、太平洋の雄大な景色を一望できる「登れる灯台」として、多くの観光客を魅了している。地元では「豊間の灯台」の愛称で親しまれ、歌手の美空ひばりが歌った名曲「みだれ髪」の舞台としても広く知られている。

豊かな自然と漁業が息づく灯台周辺

灯台の左側には薄磯海岸が広がり、南側の麓には豊間漁港が位置する。この漁港では、ウニやアワビ、ヒラメなどの沿岸漁業が盛んで、水揚げされた新鮮な魚介類は沼之内魚市場へと陸送されている。背景には豊間海岸の美しい景観が広がり、空と海の青をバックに、灯台がくっきりと浮かび上がる光景は、いわき市を象徴する風景の一つだ。

歴史的価値と技術的詳細

塩屋埼灯台は、1899年(明治32年)に建設された。高さは約27メートル、平均水面から灯火までの高さは約73メートルに及び、夜間に回転するレンズから放たれる光は22カイリ(約41キロ)先まで届く。全国に16基しかない「登れる灯台」の一つとして、その希少性も注目されている。

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しかし、その歴史は平坦ではなかった。1938年(昭和13年)の福島県東方沖を震源とする地震で破損し、1940年にコンクリート造りへと改築された。さらに、太平洋戦争末期には米軍機からの攻撃を受けて損壊し、戦後に修復を経て現在の姿を保っている。

東日本大震災と復興の光

灯台の料金所で観光客を迎える燈光会塩屋埼支所長の小野季子さん(66)は、2011年3月11日の東日本大震災の際にも現場にいた。激しい揺れの後、観光客の安全を確認した小野さんは、浜に押し寄せる津波を目撃したという。

震災から8カ月後の11月30日、修理を終えた灯台が再点灯した瞬間を、小野さんは鮮明に記憶している。「復興の途上で真っ暗な街の上を、灯台の光がさっと通ったのを見た時、『自分も頑張ろう』と思いました」と語る。幾多の困難を乗り越えてきた灯台が放つ光は、復興へと歩む人々の心を優しく照らし、希望の象徴となっている。

塩屋埼灯台は、単なる観光スポットを超え、いわき市の歴史、文化、そして復興の物語を紡ぐ重要なランドマークとして、今日も太平洋を見守り続けている。

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