緩やかな勾配の切り妻屋根と、黒を基調とした外観が印象的な碧南駅(碧南市中町)。駅前駐車場の向こうに落ち着いた建物が目に入る。日本料理店「大濱(おおはま)旬彩 大正館」。名鉄三河線の終点駅とともに歴史を重ねてきた。卵でとじず、甘辛のたれをかけたカツ丼が名物だ。
開業当時の大正館の写真を抱えて碧南駅前に立つ杉浦さん=碧南市中町で
はしっこ駅の物語
数ある駅の中でも、線路のはしっこにある終点駅は、鉄道ファンならずともどこか気になる存在だ。地下鉄駅から路面電車の停留場まで、大型連休を前に県内各地の駅を訪ねると、地域の移ろいを感慨深げに振り返ったり、駅を起点に地域を元気付けたりと、さまざまな地元関係者と出会うことができた。
曽祖父が駅舎建築に携わる
「曽祖父が大工として大浜港駅(現碧南駅)の駅舎の建築に携わりまして」。おかみの杉浦保子さん(75)が語り始めた。「駅ができるとなると、泊まるところが必要だろうと、建てられたのが大正旅館です」。ともに開業は1914(大正3)年のことだ。
大正時代の終わり頃には、食堂やビリヤード場などを始めた。昭和東南海、三河の二つの巨大地震による全壊、その前後のモノ不足という苦難を乗り越えた。戦後間もなく3代目の長女として生まれた杉浦さんは、駅周辺を遊び場に育ち、丼やすしを駅に出前することもあった。
遠い日の記憶に浮かぶ賑わい
遠い日の記憶をたどると、にぎやかな駅前の光景が浮かび上がる。朝夕、列をなした通勤通学客。駅に横付けされた何台ものバスやタクシー。夏にはやぐらが建てられて盆踊りの輪ができ、海水浴場に向かう親子連れらがバスに乗り込んだ。駅から西と南に商店街が延び、活気があった。
高度経済成長とともに通勤客は車を使うようになって駅から離れ、海水浴場は埋め立てられて工場地帯になった。駅前の人通りは減り、2004年に碧南駅から先、吉良吉田駅(西尾市)までの三河線は廃止に。杉浦さんは、ぽつり「寂しかった」とこぼした。
変わらぬ風情と新たな役割
古い趣を残す大浜てらまちの路地=碧南市築山町で
その後、碧南駅の駅舎と待合所は一新され、線路跡はレールパークとして公園になった。周辺では、08年に藤井達吉現代美術館がオープンした。一方、10もの古寺が点在し、細い路地がひっそりと延びる「大浜てらまち」として変わらない風情も見せている。
駅は碧南観光の玄関口としての役割を担う。大正から令和へと4代にわたり駅前で商売をしてきた大正館。時代も客層も変わったが、「これから先もなんとか続けていきたいですね」。強い思いを抱く杉浦さんだ。
(前田智之)
碧南駅の概要
碧南駅は1914年に開業し、1日の利用客は3761人(2025年3月)。駅の周辺に広がる「大浜てらまち」には由緒ある寺が多い。称名寺には徳川家康の幼名「竹千代」を当時の住職が命名したと伝わり、西方寺は明治期の宗教哲学者清沢満之(きよざわまんし)が最期を迎えた地として知られる。海徳寺には、国の重要文化財の阿弥陀如来坐像(ざぞう)が安置されている。



