江戸時代の裁判制度における不透明な実態
確かに、吟味を経てお粂が入牢した事実はある。しかし、吟味方による当時の取り調べが不問に付される点には、どうしても納得がいかない。お粂は拷問を受けても自らの罪を認めなかったと伝えられている。それでも永牢という重い刑が科せられた以上、吟味方には相応の根拠があったのだろうか――。
一件口書に依存する裁判手続き
裁判に臨む段階では、吟味方が罪人の自白をまとめた「一件口書」という文書を準備し、奉行の前でこれを読み上げる。奉行は全てを聞いた上で、異論がなければ落着となる。その後、老中に一件を進達し、正式な刑の申し渡しが行われる。手続きは非常に多いが、実際には吟味方の一件口書に基づく裁きであり、奉行や老中が自ら罪人を取り調べることはほとんどない。お白洲で、吟味に対する不満を述べる罪人もいるが、そこで口書の内容が覆ることは極めて稀だった。
志村による再調査の決断
志村ほどの出来物であれば、五年前にお粂に対してどのような取り調べが行われたか、先に吟味方内部で話を聞いているはずだった。しかし、詳細が掴めず、このままでは埒が明かないと判断し、あえて廻方を使い、今一度根本から調べることにしたのかもしれない。
――しかし、曖昧な点があるだけならまだしも、口書と事実とがここまで違うとなると、どこから手を付けていいのか……。
御奉行は調べ直すよう下知を出したというが、容易なことではない。
用部屋手付同心への調査依頼
――そうか、用部屋に聞けば、当時の吟味の詳細もわかるかもしれない。
用部屋手付同心は、奉行の仕事を補佐する役目を担っている。捕物書や一件口書についても、奉行に渡る前に用部屋の同心たちが検めるのだ。奉行が代われば内与力も一緒に代わるのが常だが、用部屋手付同心は役替えにならず、引き続き務める者が多い。
「ちょいと調べてぇことができた。お前、今すぐ志村様のところに行って、牢屋敷の役人に渡りを付けてもらうよう頼んでこい」
惣十郎は崎岡に言い置いて、返事を待たずに詰所を出た。用部屋の詰所を訪い、三好都記正を捕まえて、
「五年前にお裁きがあった一件を調べててよ、お前さんに覚えがあるようなら、少し話を訊きてぇんだが」
そう切り出すや、彼は眉を八の字にしたのだった。
「残念ながら、五年前ですと、私はまだ出仕しておりません」



