「次世代に同じ苦しみをさせないで」空襲被害者らが救済法の早期成立を集会で訴え
空襲被害者らが救済法の早期成立を集会で訴え

戦後81年を前に空襲被害者が救済法の早期成立を切実に訴える

1945年3月10日の東京大空襲から81年を目前に控えた3月6日、東京・永田町の衆議院第1議員会館において、全国空襲被害者連絡協議会(通称:空襲連)による緊急集会が開催されました。この集会には、戦時中の空襲で家族を失い、孤児となった高齢の体験者たちが多数参加し、民間人の空襲被害に対する国家的な救済法の一刻も早い成立を強く訴えました。

「国は戦争を起こした責任を認めなければならない」

集会では、埼玉県蕨市在住の永田郁子さん(90歳)が、東京大空襲によって両親と姉3人を一度に失った悲劇的な体験を語りました。当時、新潟県へ疎開していた永田さんは、空襲から約2カ月後の5月、疎開先の寺の本堂に集められた児童たちに、教諭から家族の犠牲が告げられる様子を鮮明に回想。「おえつをこらえる子、現実味がわかず、ぽかんとする子もいた」と当時の衝撃を振り返り、その寺だけでも家族全員を失った児童が4人いたことを明かしました。

同様に、疎開中に家族5人を空襲で失い孤児となった川崎市の中島邦雄さん(91歳)も、「戦争は子どもたちを放り出す。国は起こした責任を認めなければならない」と力強く訴えました。両親を失い、国からの支援をほとんど受けられなかった体験者たちは、共通して「国が何かしてくれた記憶がない」と口を揃え、戦後補償の不十分さを指摘しました。

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超党派議員連盟の法案提出が頓挫する中での緊急集会

先の大戦における空襲被害者への国家的救済を巡っては、昨年、与野党の超党派議員連盟が一時金の支給や国による実態調査を盛り込んだ法案をまとめました。しかし、自民党などからの賛成が得られず、法案提出に至らない状況が続いています。

体験者の高齢化が急速に進む中、空襲連は「開会中の国会で救済法を速やかに成立させ、次世代に同じ苦しみをさせないでほしい」との緊急アピールを採択。集会参加者らは、立法府に対し、歴史的責任を果たすよう強く求めました。

10万人が一夜で亡くなったとされる東京大空襲から81年。戦争の傷跡を生きた人々の声は、平和の尊さと国家の責任を改めて問いかけるものとなっています。

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