動く段ボールアートの世界を40年にわたり追求
奈良市に住む動くダンボールアート作家、千光士義和さん(67)が、2026年に創作活動40周年を迎える。色鮮やかな段ボールで作られた工場を模した世界が額縁の中に広がり、大きな歯車が回ると四角や三角のブロックが動き、絵画の形が変化していく。その独創的な作品は、見る者の心を和ませる。
独自の作風を切り開く
「動くダンボールアート作家」として知られる千光士さんは、長年にわたり独自の作風を確立してきた。「いろんな人との出会いがあり、支えられてここまでやってきた」と語り、ほほえみながら創作への情熱を語る。「段ボールの可能性を追求したい」という思いが、その活動の原動力となっている。
奈良町資料館で2025年11月に開催された作品展では、14点を出品。長年テーマとしてきたファクトリー(工場)を額の中に表現した作品が並び、繊細に作られた階段や手すりもすべて段ボールで構成されている。鳥や怪獣などの作品は、工場へ向かう乗り物という設定で、物語性を感じさせる。
電気仕掛けの動きとキャラクターの登場
作品の特徴は、電気仕掛けで歯車が動き、ロボットなどのキャラクターが登場することだ。千光士さんによれば、長男が幼い頃に「お父さんの作品には人がいないの?」と尋ねたことが、キャラクターを加えるきっかけとなった。「彼らが海に行ったり宇宙に行ったり。どんどん物語の想像がふくらんでいきます」と、創作の過程を明かす。
高知から奈良へ、創作の原点
千光士さんは高知市生まれ。高校時代は漫画家を志し、漫画家の青柳裕介さんから指導を受けた経験もある。大阪芸術大学映像計画学科に進学後、在学中には漫画雑誌に4コマ漫画が連載された。卒業後は東京の子ども番組制作会社に就職し、アニメーションや人形劇の舞台装置を担当した。
結婚を機に退社し、大学時代の恩師の紹介で関西の専門学校でアニメーションを教えることになり、1985年に奈良に転居。引っ越しの際に目に入った段ボールの断面の美しさに感銘を受け、これが現在の活動の原点となった。「アート作品を作りたい」との思いから、翌年に段ボール作品の個展を開催し、造形作家としてデビューした。
年間30~40点の創作と国際展開
年に30~40点の作品を作り続け、40年間で制作した作品は2000点以上に及ぶ。2023年度からは母校の大阪芸術大学の客員教授も務め、通勤の電車内でアイデアを練り、メモ帳に設計図をスケッチする。自宅アトリエでは、日頃からためている菓子箱やギフト用の段ボールから材料を選び、カッターで切って接着剤で貼り合わせていく。
日本各地のギャラリーや百貨店で個展を開催する一方、テレビ出演を見た台湾の経営者が作品に興味を持ったことをきっかけに、1998年から5年間ほど台湾でも作品展を開いた。韓国での展示経験もあり、「世界の多くの人に作品をみてもらいたい」と、今後は欧米での出展を夢見ている。
デジタル時代における「手作り」へのこだわり
デビュー当時、段ボールの作家は珍しかったが、今では様々な作風を持つ若手が増えてきた。デジタル化が進む時代の中でも、千光士さんは活動当初からの「手作り」や「動く作品」といった作風にこだわり続ける。「故郷の高知でいう頑固者『いごっそう』の気風のせいですかね。いつかアナログが見直される時が来るという思いがある」と語る。
参加型作品への新たな挑戦
現在、電気を使わずに、見ている人が自分で作品を動かせる参加型の作品に取り組んでいる。額の外から磁石を使って中のブロックを持ち上げたり落としたりする仕組みだ。「遊び方は無限にある。これからも親子で楽しんでもらえる作品を作り、もの作りの楽しさを伝えていきたい」と、段ボールの可能性を追求し続ける決意を表明している。
千光士義和さんは1958年、高知市生まれ。漫画家のやなせたかしさんと同じ高知県立高知追手前高校を卒業。嵯峨美術短期大学や専門学校アートカレッジ神戸でも講師を務め、日本アニメーション協会会員でもある。著書に「紙バネ・紙ゼンマイでびっくりおもちゃ」(PHP研究所)などがある。