名古屋から陸前高田へ15年の絆 最後の派遣職員 (22.03.2026)
東日本大震災直後から15年間続いた名古屋市の陸前高田市への職員派遣が、2026年3月末で終了する。最後の派遣職員・黒田輝さん(30)は防災イベントで地域の意識の高さを実感しつつ、絆の継続を誓う。
東日本大震災直後から15年間続いた名古屋市の陸前高田市への職員派遣が、2026年3月末で終了する。最後の派遣職員・黒田輝さん(30)は防災イベントで地域の意識の高さを実感しつつ、絆の継続を誓う。
岩手県陸前高田市の消防団員・菅野秀一郎さんは、東日本大震災で団員の半数を失った経験から、新入団員に「必ず逃げろ」と書いた手紙を残す。震災の教訓を次世代に継承する取り組みを続けている。
東日本大震災から15年、岩手県陸前高田市の高田松原の再生の道のりを上空写真で比較。7万本の松林が失われた後、奇跡の一本松や希望のかけ橋が象徴となり、約4万本の植樹で緑の帯が復活した軌跡をたどる。
岩手県陸前高田市の吉田税さん(91)は、東日本大震災で行方不明となった長男・利行さんを15年間捜し続けている。高齢で体は衰えても、古川沼や海岸で手がかりを求め、「骨の一つでも見つけたい」と願う母の切実な思いを伝える。
東日本大震災の象徴「奇跡の一本松」の歴史を遡ると、415年前の慶長三陸地震による大津波と、伊達政宗がエンジニアを重用した復興への取り組みが見えてくる。松原は防災ではなく、金山に代わる産業振興のための防風林として整備された。
東日本大震災で被災した写真やランドセルなどの「思い出の品」を返却する岩手県陸前高田市の団体が、国の補助金終了後も事業を続けるため、民間企業との連携を探っている。これまでに数十万点を収拾し、多くの品を所有者に返却してきたが、継続には新たな仕組みが必要とされている。
東日本大震災から15年を迎え、岩手県陸前高田市出身のドジャース・佐々木朗希投手が取材に応じた。津波で自宅を失い、父と祖父母を亡くした経験を胸に、故郷への思いを静かに語った。