戸塚優斗、ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得!過去の失敗を乗り越え悲願の頂点へ
2026年2月13日、イタリアのリビーニョで開催されたミラノ・コルティナオリンピックのスノーボード男子ハーフパイプ競技において、戸塚優斗選手(24歳)が見事に金メダルを獲得しました。これは3度目の五輪挑戦で初めての表彰台頂点であり、過去2大会の苦い思い出を晴らす歴史的な瞬間となりました。戸塚選手は会場を魅了する圧巻のパフォーマンスを披露し、最高の記憶としてこの日を刻みました。
完璧な演技で暫定首位に立ち、そのまま逃げ切る
決勝は3回の試技のうち最高点で争われ、戸塚選手は暫定2位で迎えた2回目の試技前に、いつも身につけているネックレスを口元に持っていき、「守ってくれ」と願いを込めてスタートしました。縦3回転、横4回転の大技「トリプルコーク1440」を2連続で成功させるなど、五つの技全てを完璧に決め、何度もガッツポーズを見せました。95.00点をたたき出して暫定首位に立つと、そのまま逃げ切り、金メダルを確実なものとしました。
幼少期からの才能と順調な滑り出し
戸塚選手は物心がつく前の3歳頃から母親の手ほどきでスノーボードを始め、小学3年生の時にハーフパイプの練習を本格的にスタートさせました。運動神経が抜群で、コーチが教える空中技(エア)はすぐに習得し、どんどん上達していきました。エアの高さを自由自在に調節できるのが楽しくてのめりこんだと言います。
小学生の頃から一緒に練習し、今大会で4位となった平野流佳選手(23歳)が「優斗だけは昔からずばぬけてうまかった」と話すほどで、平野選手がハーフパイプの壁から飛び出すジャンプの練習をしていたときに、戸塚選手はすでに回転技を練習していたとのことです。大人も出場する大会で優勝し、11歳でプロ資格を取得。2017年のワールドカップでは初出場初優勝を果たすなど、選手人生は順調な滑り出しを見せていました。
過去の五輪での苦い経験と悪癖の形成
しかし、16歳で迎えた2018年平昌五輪では、決勝2回目の試技で壁の最上部付近から転倒し、動けなくなって担架で運ばれて途中棄権、11位に終わりました。前年の世界選手権優勝者として乗り込んだ2022年北京五輪でも、予定していた技を繰り出せず、ミスや転倒で10位に沈みました。
自分自身への期待が大きかった分、落胆も激しく、スタート地点に立ってハーフパイプを見ると、北京での転倒がフラッシュバックするようになりました。「あ、もう失敗する」と思い込んでしまう悪い癖がついてしまい、北京五輪の会場の壁が苦手な角度だったことから、形状が似たほかの会場でもミスが続きました。楽しくて仕方なかったスノーボードが面白くなくなり、「もうやめよう」とまで追い込まれた時期もありました。
仲間やコーチの支えで復活を遂げる
そんな時に支えてくれたのは、仲間やコーチの存在でした。ライバルの平野流佳選手は「優斗なら大丈夫」と、いつも励ましてくれました。あえて北京五輪の会場と同じ角度の壁を作り、苦手意識を取り除こうとしてくれたのは、コーチの青木亮さん(38歳)です。他の選手の動画を参考にしながら、ひたすら練習に励みました。
2024年2月にワールドカップで3年ぶりに優勝を飾り、復活ののろしを上げました。「まだいける」という小さな自信を取り戻すことができたのです。五輪の舞台には正直苦手意識を持っていたものの、緊張する気持ちを抑えられない部分もあったと戸塚選手は語ります。「流佳やコーチなど、色々な人の助けがなければ、今ここに立てていない。たくさんの人に支えられて集大成を出すことができた」と胸を張りました。
金メダルに込められた重みと未来への希望
つらいことも多かった平昌からの8年間は、決して無駄ではなかったと感じています。ようやく手にした金メダルを見つめながら、戸塚選手はこう言いました。「ピカピカだし、重いし、重さ以上のものが詰まっている」。この勝利は、過去の失敗を乗り越え、仲間やコーチの支えによって成し遂げられたものであり、今後のさらなる活躍への期待が高まります。