戦禍の絆を強めたアジア大会、32年ぶり国内開催へ コスト膨張と持続可能性の課題
アジア大会32年ぶり国内開催 コスト膨張と持続可能性の課題 (14.02.2026)

戦禍の絆を強めたアジア大会、32年ぶり国内開催へ

アジア版オリンピックとも称される「アジア競技大会」が、2026年9月、愛知県を中心に国内で32年ぶりに開催される。この大会は、第2次世界大戦で引き裂かれたアジアの絆を強化する目的で始まったスポーツの祭典であり、「IMAGINE ONE ASIA ここで、ひとつに。」をテーマに掲げている。コンパクトで持続可能な大会を目指す一方、決定から10年を経て膨らんだコストの削減に組織委員会が奔走している。

戦後復興の象徴としての歴史

アジア大会は1951年、戦争で荒廃した諸国の恒久平和を目指し、インドの初代首相ジャワハルラール・ネルーが尽力して始まった。当時、日本は連合国軍の占領下にあり、戦後初の1948年ロンドン五輪には招待されなかった。旧日本軍の侵出記憶がアジアに残る中、フィリピンなどが参加に反対したが、インドが日本の国際大会復帰を支援し、各国際競技団体に働きかけたことで、日本は参加を認められた。中京大学の冨田幸祐講師は、この経緯を指摘している。

ニューデリーで開催された第1回大会には11か国が参加し、日本は57種目中24種目で金メダルを獲得。翌1952年、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を果たした。日本での初開催は1958年の東京大会で、戦後復興と経済発展を世界に示す機会となり、1964年東京五輪招致の動きを活発化させた。

政治的な対立と平和の追求

アジア大会は政治的な対立が表面化することもあった。1962年のジャカルタ大会では、政治や宗教上の理由からイスラエルなどを招待せず、混乱が生じた。一方、1994年の広島大会では「平和と調和」をテーマに、ソ連崩壊で中央アジア諸国が加わり、当時過去最多の42の国と地域が参加した。

愛知・名古屋大会の招致と期待

愛知・名古屋大会は2016年、大村秀章知事が「スポーツは理屈抜きで人を感動させる力がある」と招致を表明し、同年9月に開催が決定した。大会には45の国と地域から最大1万5000人が参加予定で、2022年には国内初のアジアパラ競技大会も続けて開催されることが決まっている。

名古屋市は1988年五輪招致でソウルに敗れた苦い記憶があり、以来、大規模な国際スポーツ大会の招致がなかったため、地元のスポーツ団体や競技関係者らの期待が高まっている。

コスト膨張と削減への苦慮

開催経費は当初、2014年韓国・仁川大会を参考に、アジア大会850億円、アジアパラ350億円の計1200億円と試算された。しかし、資材や人件費の高騰などにより経費は増大し、大会組織委員会は2025年12月、当初想定の3倍超となる約3700億円と公表した。

組織委は経費圧縮のため、以下の対策を講じている:

  • 選手村の整備を見送り、代わりにクルーズ船や移動式宿泊施設、既存ホテルを活用。
  • 水泳と馬術の競技会場を東京都内に移転し、選手の滞在期間を短縮。
  • これらの措置で約1000億円を圧縮。

地元の強い要望を受け、国は136億円の支援を決めたが、県と名古屋市の負担は2700億円と大きい。東京五輪・パラリンピックを巡る汚職・談合事件の影響で、スポンサー選定は名古屋市の地元代理店など4社の共同事業体が担う。これ以上の公費負担を防ぐため、目標額の達成が課題となる。

持続可能性の重要性

中京大学の來田享子教授(五輪史)は、「今後のスポーツ大会はコスト削減など持続可能な観点や、二酸化炭素削減、リサイクル促進などの社会的影響も問われる。経費だけ注目されがちだが、我々も大会の価値を見る目を養わないといけない」と指摘する。大会は戦後復興の絆を強める役割を果たしつつ、現代の課題に対応する試金石となる。