「釜石の奇跡」当事者が徳島で講演 防災教育の積み重ねが「必然の避難」生む
「釜石の奇跡」当事者が徳島で講演 防災教育の重要性訴える

「釜石の奇跡」の当事者が徳島で被災体験語る 防災教育の重要性を強調

東日本大震災から15年を迎える中、岩手県釜石市の震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」の職員、川崎杏樹さん(29)が17日午後7時から、徳島県立防災センター(北島町)で防災講座を開催する。川崎さんは市立釜石東中学校2年生の時に迅速な避難行動で難を逃れた「釜石の奇跡」の当事者の一人として、被災体験や必要な備えについて語り、防災教育の重要性を訴える。

震災当日の恐怖と迅速な避難行動

2011年3月11日午後2時46分。部活動中で学校体育館にいた川崎さんは大きな揺れを感じた。学校は海岸から約600メートル、海抜2メートルの地域に位置していた。慌てて外に出て点呼を待っていたが、教員からすぐに逃げるよう指示があり、避難場所の福祉施設へ向かった。しかし、そこでも危険を感じ、さらに海抜44メートルの高台まで避難を続けた。

坂を上りながら見下ろした釜石の町並みが、黒い壁のような津波にのみ込まれていく様子を目撃した川崎さんは、「恐怖で、死ぬかもしれないと思った」と当時を振り返る。この迅速な避難行動により、子どもたちのほとんどが助かり、後に「釜石の奇跡」と呼ばれるようになった。

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防災教育の積み重ねが「必然の避難」を生んだ

速やかに避難できた要因について、川崎さんは「それまで市を挙げて取り組んできた防災教育にある」と指摘する。中学校では、遡上する津波と同じ速度で走る車と一緒に走り、その速さを体感する授業が実施され、住民と地域を歩いてハザードマップを作成する活動も行われていた。

「学習を通じて危機意識が高まった。避難行動で助かったのは奇跡ではなく、積み重ねによる必然」と川崎さんは強調する。山梨県で過ごした大学時代には、ゼミで釜石市の防災教育を学び、「体験型授業が防災に有効だったことがわかった」という。

故郷に戻り震災伝承に尽力

卒業後は古里の役に立ちたいと釜石市に戻り、現在は未来館職員として被災体験を語り、避難路を歩くプログラムを提供している。今回の講座が実現したのは、徳島県防災人材育成センター(北島町)の職員と県内の高校生が昨年3月、防災教育事業の一環で未来館を訪れたことがきっかけだ。

館内や避難路を案内してくれた川崎さんの経験や知見が、南海トラフ地震の際に役立つと考えた育成センターが講演を依頼した。当日は、大型スクリーンに震災当時の写真などを映しながら川崎さん自身の体験談を語り、中学時代の防災教育が避難行動にどう生かされたかを解説する。

遠方の災害を「人ごと」と思わない重要性

川崎さんは「遠方で起きた災害を人ごとと思わず、いつ身近で起きてもおかしくないと捉えることが大切。日常的な備えで助かることを伝えたい」と話す。講座は無料で、対面(先着40人)のほか、オンラインでも参加できる。申し込みは育成センター(088・683・2100)まで。

さらに、川崎さんは18日午後7時から防災をテーマにしたFM徳島の番組にゲスト出演する。育成センターの井内弘美課長補佐(59)は「災害に備えて日頃からどのような意識を持ち、何に取り組むべきか、川崎さんの体験から学べることは多い。講座やラジオをぜひ視聴してほしい」と呼びかけている。

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