ハワイの太平洋津波博物館が閉鎖の危機、東日本大震災の漂流物展示も存続の岐路に
米国で唯一、津波に関する専門資料を収集・展示するハワイ島の「太平洋津波博物館」が、深刻な閉鎖の危機に直面している。この博物館は、2011年の東日本大震災で日本から流れ着いた漂流物も展示し、津波の脅威を世界に伝える重要な施設だが、開館から28年を迎え、来館者の減少が止まらない状況だ。維持費もかさむ中、存続のために来館や寄付を呼びかけている。
津波の歴史を伝える展示とボランティアの熱意
太平洋津波博物館は、ハワイ島最大の街ヒロの一角に位置し、真っ青な太平洋が眼前に広がる石造りの建物内にある。館内には、ハワイを繰り返し襲った津波や2004年のインド洋大津波など、世界各地の惨事を伝える写真やパネルが並んでいる。特に注目されるのは、東日本大震災のコーナーで、約6300キロメートル離れた岩手県釜石市からハワイ島に漂着した国道45号の道路標識を展示している点だ。この標識は、津波の破壊力を如実に示す貴重な証拠として、訪れる人々に強い印象を与えている。
ボランティアで展示解説を行うトム・フォーブスさん(73)は、無給で活動を続けている。彼は「誰一人、津波で命を落とすことのない社会を作るため、津波の恐ろしさを伝え続けたい」と熱く訴える。博物館は1998年に開館し、過去の津波被害を知る世代が減る中、ハワイ大学の研究者が被災者とともに設立した民間団体が、元は銀行支店だった建物を譲り受け、運営してきた。この建物自体も、1946年にハワイで159人が亡くなった津波で1メートル近く浸水した震災遺構であり、歴史的価値が高い。
来館者減少と資金難による運営の苦境
開館当初は、住民や観光客が絶え間なく訪れる人気スポットだった。東日本大震災後は、岩手県の中学生の見学を受け入れるなど、東北の被災地との連携も重視してきた。しかし、近年は津波への関心が薄れ、来館する住民が減少傾向にある。さらに、コロナ禍で観光客も一時途絶え、来館者は2020年以降、年5000人前後と、コロナ禍前の3割以下に落ち込んでいる。
一方、築96年の建物は雨漏りが絶えず、多額の維持費が負担となっている。資金難を理由に2024年11月、やむなくスタッフ10人を解雇した。2025年から寄付を呼びかけ、計120万ドル(約1億9000万円)を集めたが、物価高騰の影響もあって維持改修費は膨れあがり、屋根の修理だけでも25万ドル(約4000万円)かかった。現在、1人15ドル(約2300円)の入館料を徴収し、Tシャツなどのグッズ販売にも力を入れているが、人手不足のため開館は週末だけに絞らざるを得ない状況だ。
館長の切実な呼びかけと今後の展望
館長のシンディ・プレラーさん(61)は「継続的な運営には資金が必要だ。津波の脅威を知る日本の人々にも、ぜひ訪れてほしい」と切実に呼びかけた。博物館は、津波の教訓を後世に伝える重要な役割を果たしており、閉鎖されれば、貴重な資料や展示が失われる恐れがある。ボランティアや関係者は、存続に向けてさらなる支援を求めている。
太平洋津波博物館は、単なる展示施設ではなく、災害の記憶を風化させないための社会的使命を担っている。来館者の増加や寄付の拡大が、この危機を乗り越える鍵となるだろう。



