東日本大震災の津波を生き抜いた「奇跡の復興米」、大阪・富田林で9000人超の児童が栽培に参加
津波を生き抜いた「奇跡の復興米」、富田林で9000人超の児童が栽培 (07.03.2026)

津波を生き抜いた3株の稲が「奇跡の復興米」に

大阪府富田林市のグループが、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町から受け継いだ「奇跡の復興米」の栽培を続けている。この米の起源は、2011年10月に大槌町の菊池妙さん(85)が津波で流された自宅跡で発見した3株の稲だ。過酷な環境でもたくましく生き続ける稲の姿に感銘を受けた菊池さんは、被災地支援に取り組むNPO「遠野まごころネット」に相談。これが「復興のシンボル」としての栽培の始まりとなった。

大阪への種もみ譲渡と児童たちの参加

被災地支援のボランティアとして大槌町を訪れた当時の大阪府議で、現在は富田林市長の吉村善美さん(61)は、この米の存在を知り強い関心を抱いた。当初、NPOは種もみを「門外不出」とする考えだったが、吉村さんの「大阪でも育て、生きることの大切さを伝えたい」という熱意ある懇願にほだされ、2014年2月に種もみ1キロを譲り受けることに成功した。

吉村さんと地元農家、市、農協などが栽培委員会を結成し、同年から農業の尻谷廣海さん(73)が提供する田んぼで、市内の小学5年生を対象に田植えや稲刈り体験を開始。これまでに参加した児童は9210人に上り、多くの子供たちが命の尊さと震災の記憶を学んでいる。

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復興米の広がりと教育活動

収穫量は年々増加し、2025年秋には1260キロに達した。収穫された米の一部は大槌町に「里帰り」し、学校給食で提供されている。また、復興米の歴史や関わる人々の思いを描いた劇を上演した学校もあり、教育活動として定着しつつある。

グループでは現在、「あなたはどこから来たのですか 三陸復興米ものがたり」と題した紙芝居と絵本計1300部の制作を進めており、2026年5月頃に富田林市内や岩手県内沿岸被災地の小学校、図書館などに配布する計画だ。メンバーが学校で読み聞かせに活用し、被災地での伝承にも役立てられる。

参加者の声と未来への期待

小学生の時に復興米作りに参加した市内の大学生、梅谷倖菜さん(22)は「田植えや稲刈りを体験したことで、今も震災や大槌町のことを思い出す。将来、何かの力になりたい」と語る。また、「震災後に生まれた子供たちも、復興米を通じて震災や大槌町のことを知るきっかけになれば」と期待を寄せている。

自宅跡で稲を見つけた菊池さんは「富田林でも稲が育ち、命をつないでくれている。奇跡でしかない」と感慨深く話した。震災から間もなく15年を迎える中、復興米は単なる農産物を超え、命の大切さと記憶の継承を象徴する存在として成長を続けている。

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