東日本大震災から15年、津波で流出した思い出の品79万点が未返還で保存続く
震災15年、津波流出品79万点が未返還で保存

震災から15年、津波で流出した思い出の品79万点が未返還で保存続く

東日本大震災の津波により流された写真やアルバム、ランドセルなど人々の「思い出の品」について、岩手、宮城、福島の3県に位置する沿岸37市町村のうち、15の市町村がこれまでに回収した品のうち少なくとも約79万点を所有者に返還できずに現在も保存していることが、3月9日に共同通信の調査によって明らかとなりました。保存は自治体の法的義務ではないものの、震災から15年となる現在も所有者を捜しに訪れる人々が存在することなどが主な理由として挙げられています。一方で、継続的な保存に伴う費用負担への懸念も示されています。

調査結果から見える自治体の対応と現状

共同通信は津波被害が甚大だった3県の37市町村を対象にアンケートを実施し、全ての自治体から回答を得ました。その結果、震災発生後、29の市町村が思い出の品の保存対応を取ったことを確認しています。回収された品々は多岐にわたり、返却会を開催するなどして所有者や遺族への返却を進めてきました。これまでに返却が完了した品は少なくとも約237万点に上っています。

現在も未返還の品を「全て」保存していると回答したのは9市町村(岩手県陸前高田市、宮城県山元町など)で、その数は74万点以上に及びます。また、「一部保存」をしているとした6市町(岩手県大槌町、福島県相馬市など)では少なくとも約5万点が保管されています。これらの数字は、震災から長い年月が経過しても、多くの思い出の品が行き場を失ったままであることを如実に示しています。

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保存が続けられる背景と課題

自治体が保存を継続する背景には、震災から15年が経過した今でも、所有者を探して訪れる人々が絶えない現実があります。例えば、宮城県山元町の小学校では、津波により所有者が不明となった写真や位牌、ランドセルなどが大量に保管され、自衛隊員が泥やほこりを丁寧に落とす光景が2011年4月に確認されています。このような取り組みは、被災者の心の支えとなる一方で、保管スペースの確保や管理コストといった課題も浮き彫りにしています。

費用負担への懸念は多くの自治体から指摘されており、限られた予算の中で保存を続けることの難しさが窺えます。それでも、思い出の品が家族の歴史や地域の記憶を繋ぐ重要な役割を果たしていることから、自治体は可能な限りの対応を続けているのです。

この調査結果は、東日本大震災の被害が単なる物的損害に留まらず、人々の思い出やアイデンティティにも深く関わっていることを改めて想起させます。未返還の79万点という数字は、震災の爪痕が今なお生々しく残っている証左と言えるでしょう。

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