15年の歳月を経て、被災仏壇が蘇る
愛知県幸田町の仏壇職人、都築数明さん(54)の工房の一角に、ひときわ異彩を放つ一基の仏壇が静かに置かれている。周囲に並ぶ三河仏壇と比べると、その大きさや形状が明らかに異なり、地元のものではないことが素人目にも分かる。この仏壇が工房に運び込まれてから、実に15年の月日が流れた。
震災で傷ついた仏壇との出会い
時は15年前、東日本大震災が発生した2011年にさかのぼる。宮城県松島町の民家に安置されていたこの仏壇は、津波の猛威にさらされ、深刻な損傷を負っていた。偶然その場を訪れた都築さんが、がれきの中から発見したのである。
所有者からは「犠牲者の弔いもできない」という切実な言葉とともに、修復の懇願を受けた。当時、直せる確証はまったくなかったが、都築さんは迷わず二つ返事で約束し、仏壇を引き取った。
地道な修復作業の軌跡
それ以来、都築さんは仕事の合間を縫って、少しずつ修復作業を進めてきた。傷んだ部分を丹念に補修し、失われた装飾を再現する作業は、並大抵の忍耐では成し得ないものだった。職人としての技術と、被災地への思いが、この長い道のりを支えてきた。
「僕にとっても肩の荷が下りるというか、一つの区切りができる」と都築さんは語る。今年ようやく修復が完成し、15年にわたる取り組みが結実した瞬間である。
被災地への思いを胸に
都築さんは、完成した仏壇の前でそっと手を合わせた。東日本大震災から15年という歳月に思いをはせ、多くの人々の苦難と復興の歩みを静かに偲ぶ。
仏壇は、都築さん自らが宮城県松島町まで届けに行く予定だ。15年前に交わした約束を果たすため、そして被災地との絆を確かめるためである。この小さな工房から始まった物語が、ようやく完結を迎えようとしている。
都築数明さんは、愛知県幸田町で長年仏壇製作に携わる職人。三河仏壇の伝統技術を守りながら、今回のような特別な修復作業にも情熱を注いでいる。被災地支援への思いは強く、職人としてできることを模索し続けてきた。



