芸術がつなぐ能登への道…東京のアート集団が月1回の訪問プログラムを継続
2024年元日に発生した能登半島地震は、過疎地を直撃した大規模な災害でした。人口流出がさらに加速する地域において、復興の重要な担い手として、そして住民からも必要とされる存在として注目を集めているのが、能登を愛する「移住者」たちです。都会からあえて移り住んだり、頻繁に訪れて関わり続けたりする人々は、この地域にどのような「未来」を見出しているのでしょうか。
震災前の縁から始まった訪問プログラム
東京都を拠点とするアート集団「SIDE CORE(サイドコア)」は、能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市を、ファンや支援者と共に訪れる「ビジティングプログラム」を昨年10月から月1回のペースで開催しています。この取り組みは、震災直前の2023年秋に開催された「奥能登国際芸術祭」に招待されたことがきっかけとなり、被災地への関心が強まったことから始まりました。芸術を起点として現地と外部をつなぐ橋渡し役として、静かにながらも確実に浸透しつつあります。
「今、走っている場所は震災で隆起した海底の上にできた道路です」と、珠洲市の日本海沿いを走るバスの中で、サイドコアのメンバーである松下徹さん(41)がマイクを握りました。参加者たちは驚きの声を上げながら、車窓から流れる被災地の様子を真剣に見つめます。プログラムは昨年11月下旬が2回目で、初めて宿泊付きの日程が組まれ、県内外から応募した約10人が参加しました。
ストリートカルチャーに根差した活動
都市の路上で生まれたグラフィティ(落書き)などの現代芸術を指す「ストリートカルチャー」に根差してきたサイドコアは、松下さんら3人で2012年に結成されました。美術館内での作品展示にとどまらない活動が特徴で、東京の繁華街に潜むストリートアートを見て歩く「ナイトウオーク」も人気を博しています。
そんな彼ららしく、今回のプログラムは「道」をテーマとして、今年3月まで金沢21世紀美術館で開催中の展覧会と連動しています。会場には、石川県内を北上する国道249号を通って能登に向かう様子を収めた映像や、能登の災害で出た土砂を使った模型などが展示されています。さらに、希望者にはプログラムに参加してもらうという二段仕掛けの構成です。
復興支援だけではない多様な関わり方
被災地との距離感を縮めることが狙いですが、必ずしも復興を応援するように促しているわけではありません。松下さんは「プログラムに参加する動機も、被災地の現状をどう受け止めるかも一人一人違います。それぞれの発想に基づいて、現地とつながるきっかけにしてもらえれば」と淡々と語ります。
市内の「潮騒レストラン」のアルバイトとして一行を受け入れた坂口彩夏さん(27)も「復興が進み、『被災地』としてだけ見られることに抵抗を覚える住民も出てきました。珠洲を知るための『入り口』として芸術が役割を果たすのは歓迎したい」と受け止めています。
松下さんは「今回の取り組みを通じて、能登と親密になれました。将来がどうなるかは見通せませんが、新たにできた現地の仲間たちと面白い活動を続けていきたい」と力を込めました。
奥能登国際芸術祭の背景と展望
奥能登国際芸術祭は、2017年に珠洲市などでつくる実行委員会が企画した現代芸術の祭典です。コロナ禍の影響で2021年にずらした第2回を除き、3年ごとに開催されてきました。サイドコアは、第3回に鉄製の風見鶏や風車の羽根を使ったベンチなどを出品しています。会場全体では51日間の会期中に約5万1000人を集めました。
市は芸術祭を「復興への光」と位置付けていますが、2026年の開催は見送られました。県などは珠洲を含む能登6市町に開催地を広げ、2029年に開く検討を進めています。このように、芸術を通じた地域との関わりは、単なる復興支援を超え、新たな関係性を築く重要な手段として進化し続けているのです。
