夜間中学で学ぶ喜びと挑戦:90歳男性の感動的な物語
夜間中学校の役割が近年、大きく広がっています。戦後の混乱や貧困により義務教育を修了できなかった高齢者たちの学びの場として始まりましたが、2016年の教育機会確保法成立後は、不登校経験者や在留外国人など多様な生徒の居場所ともなっています。ここでは、そんな多様な生徒が集う教室の現状を詳しく報告します。
35年目のラブレター:学びが生んだ感動の手紙
「初めてのラブレターは誤字だらけでした。でも、妻が『よう頑張ったな』と喜んでくれた顔が忘れられません」。奈良市に住む西畑保さん(90)は、亡き妻・皎子さんの写真を見つめながら、穏やかな表情で語ります。
西畑さんは貧困家庭で育ち、小学2年生の頃、行商で樹皮を売って得たお金を学校でなくしてしまいました。財布が見つかり名乗り出たものの、級友や教員から「お前が大金を持っているわけがない」と言われたことがきっかけで、学校から足が遠のいてしまったのです。
12歳で家を出て飲食店を転々としましたが、読み書きが十分にできず、注文を書き取れない日々が続きました。先輩からはわざと難しい漢字を使ったメモを持たされ、買い出しに行かされることもありました。そんな西畑さんを支えてくれたのが、36歳の時に結婚した皎子さんでした。
長女の出生届は窓口で代筆してもらわざるを得ず、「自分はこんなこともできないのか……」という悔しさが胸に残りました。その思いを忘れられず、仕事を引退した2000年、64歳で奈良市の夜間中学に入学する決意を固めたのです。
学びの喜びと妻への感謝
「その冬に年賀状を書く課題が出ました。手本を見ながら書き上げた時は本当にうれしかった。自分で年賀状を書くなんて初めてのことだったからです」と西畑さんは振り返ります。
結婚から35年となる2007年のクリスマスの日、西畑さんは何度も辞書を引きながら、初めての手紙を書き上げました。その手紙には、「君のお陰で今の僕があります。君は僕を一人の人間として立ててくれて、うれしかったよ」という感謝の言葉がつづられていました。
西畑さんは84歳で夜間中学を卒業し、入学から20年の学びの日々を終えました。しかし、その間の2014年に励まし続けてくれた皎子さんが亡くなりました。この2人の感動的な物語は、2025年に公開された映画「35年目のラブレター」のモデルとなっています。
「今の人生があるのは、妻と出会い、夜間中学と出会えたからです。読み書きができるようになって、本当に幸せです」と西畑さんは語ります。
夜間中学の現状と課題
義務教育を修了せずに学齢期(6~15歳)を過ぎた人は、2020年の国勢調査で推計約90万人に上ります。このうち約8割は85歳以上です。2024年度の文部科学省調査によると、全国の夜間中学に通う計約2000人のうち、70歳以上は200人余りでした。
しかし、夜間中学の教員免許は一般の中学校と同じであり、大学などでの養成課程は子ども中心のカリキュラム編成となっています。そのため、高齢者を教えることに精通しているわけではなく、教員たちは手探りで授業に臨んでいるのが現状です。
夜間中学の名古屋市立なごやか中学校で英語を担当する伊藤真由美教諭(53)は、教科書の英文にルビを振り、和訳を載せた自作のプリントを配るなどの工夫を凝らしています。「受験用の英語ではなく、話す楽しさや聞き取れる喜びを大事にしている」と語ります。
同校で学ぶ鬼頭迪明さん(85)は「授業は難しいですが、理解できた時の達成感は大きいです」と笑顔を見せます。
夜間中学の拡大と未来
夜間中学は、2025年10月現在、32都道府県に62校あります。昼間の中学校と同様、国語や数学などの授業が行われ、修了者は中学卒業資格を得ることができます。
文部科学省は2027年度末までに全都道府県と政令指定都市に少なくとも1校ずつ夜間中学を置くことを目指しており、学校数が増加しています。2026年4月には栃木や福井など5県で7校、2027年4月には新潟や青森などで4校の開校が予定されており、山形や山梨などでも開設が検討されています。
夜間中学に詳しい摂南大学の江口怜講師は「夜間中学は、義務教育未修了者が自尊心や自己肯定感を取り戻す場です。読み書きできない高齢者はまだ多く、行政や支援団体が夜間中学に橋渡しすることも必要です」と指摘しています。
教育機会確保法の意義
教育機会確保法は、年齢や国籍を問わず、義務教育を十分に受けられなかった人が教育機会を得られるよう国や自治体の責務を定めた法律です。不登校の児童生徒に必要な支援を行うことや、夜間中学で就学の機会を提供することを義務づけており、2016年に成立、2017年に施行されました。



