関西学院大の児童見守りボランティア、池田小事件から25年…学生延べ500人参加
関西学院大の児童見守りボランティア、池田小事件から25年

2001年6月に発生した大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)の児童殺傷事件の直後から、関西学院大学の学生たちが地元の兵庫県西宮市で小学生の見守り活動を続けている。四半世紀にわたり、このボランティア活動の中心となってきたのは、教育学部(旧聖和大)の藤木大三教授(67歳)だ。来春に定年退職を控えた藤木教授は、「どう活動をつないでいくか考えたい」と語り、児童の通学路に立ち続けている。

見守り活動の始まりと継続

5月下旬のある日、午前8時前から西宮上ケ原キャンパス前に立った藤木教授は、ランドセルを背負い横断歩道を渡る市立上ケ原小学校の児童たちに「元気でいってらっしゃい」と笑顔で声を掛けた。この日は関学大2~4年の教え子ら12人が参加し、交通量の多い交差点など6か所に分かれて、児童の登校の列が途切れるまで見守った。

学生らが「朝ボラ(朝のボランティア)」と呼ぶこの活動は、聖和大時代の2001年7月に始まった。6月8日に起きた事件を受け、藤木教授が「不安を感じている子どもたちのために、行動したい」と思い立ったのがきっかけだった。当時、自身の息子も小学生であり、「人ごとと思えなかった」という。藤木教授は自身の教育学ゼミに所属する学生を中心に協力を呼びかけ、2009年から学校法人の合併で聖和大が関学大の教育学部となってからも継続。大学の休日を除き、雨でも風でも早朝に大阪府豊中市の自宅を出て、通学路に立ってきた。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

コロナ禍での対応と現在の活動

コロナ禍で活動が中断した間も、学生たちはビデオ会議システムで小学校とつながり、児童らとゲームを楽しむなど結びつきを保ってきた。現在、朝ボラは週3回行われているが、これまでに参加した学生は延べ500人を超え、教師や会社員などになった卒業生たちが顔を出してくれる日もある。

事件を知らない世代への継承

歳月の経過により、学生が事件を知らない世代となった今も、藤木教授は朝ボラのきっかけを伝えている。教育学部4年生(21歳)は「絶対に忘れてはいけないこと。記憶をつなぐ役割を担いたい」と、京都府の自宅から2時間かけて登校し、参加してきた。

藤木教授の退職と活動の今後

藤木教授は来春に定年退職を迎える。非常勤で教壇に立ち続けるつもりだが、自身のゼミは持たなくなるため、「朝ボラの中心メンバーを確保するのは難しくなる」と懸念する。近年は猛暑などで体力的な負担も増しており、今年度限りで活動に一区切りをつけることも考えたという。

しかし、そんな時、思いを巡らせたのは、25年にわたりバトンをリレーしてきてくれた歴代メンバーのことだ。授業や就職活動、クラブなどと両立し、大学の予定がない日も朝ボラのためだけに来てくれる学生も多い。藤木教授は「みんながいたからこそ、続けてこられた。途切れさせてはいけない」と、当面は自分一人になっても続けていく決意をした。

これまで児童や保護者たちからプレゼントされた多くの感謝状や寄せ書きなどは、大切に保管している。「いつか私も身を引く時が来る。その時に安心安全の願いとともに、いい形で次の人へ活動の継続を託していければ」と語る。

大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件とは

2001年6月8日午前、包丁を持って校内に侵入した宅間守・元死刑囚(2004年に死刑執行)が児童らを次々に襲った。1、2年生の8人が犠牲になり、児童13人と教師2人が重軽傷を負った。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ