飯塚事件から34年、福岡高裁が再審を認めず
1992年に福岡県飯塚市で発生した小学1年生の女児2人殺害事件、通称「飯塚事件」から34年が経過しました。2026年2月16日、福岡高等裁判所はこの事件の再審の可否について決定を出し、新たな証拠の信用性を否定して再審を認めない判断を示しました。
34年前に起きた悲劇的な事件の概要
事件は1992年2月20日に発生しました。福岡県飯塚市において、登校途中の小学1年生の女児2人が突然行方不明となりました。翌21日昼、約20キロ離れた同県甘木市(現在の朝倉市)の山中で2人の遺体が発見されます。さらに翌22日には、その現場から約3キロ離れた別の山中で、女児たちのランドセルや着衣の一部も見つかりました。
事件から2年半が経過した1994年9月、状況は大きな転換点を迎えます。福岡県警察は飯塚市に住む男性を被疑者として逮捕しました。しかし、この男性は一貫して犯行を否認し続け、その主張は裁判を通じて変わることがありませんでした。
死刑確定から2年後の執行と再審請求
裁判の結果、被告人には死刑判決が下され、その判決は確定しました。そして、死刑確定からわずか2年後に刑が執行されるという異例の経緯をたどりました。この迅速な執行は、刑事司法のあり方について様々な議論を呼び起こしました。
弁護団は新たな証拠を提出して再審を請求していました。徳田靖之弁護士を中心とする弁護団は、2026年2月16日午後、福岡市中央区の福岡高等裁判所前で集会を開き、再審の必要性を訴えました。しかし、福岡高裁は同日、これらの新証拠について信用性を否定し、再審を認めない決定を下したのです。
この事件は、証拠の評価や再審制度の在り方について、司法関係者だけでなく一般社会にも深い考察を促す事例となっています。34年という長い歳月が経過した今でも、事件の真相を求める声は消えることがありません。被害女児2人の無念と、被告人の一貫した否認という相反する主張の間で、司法は難しい判断を迫られ続けています。
飯塚事件は、地域社会に深い傷痕を残したまま、未だに多くの疑問を投げかけ続けています。再審を求める動きと、それを認めない司法判断の間で、事件の全容解明への道のりは依然として遠いものとなっています。