母の日に「感謝」強要される息苦しさ
テレビやSNSにあふれる広告、デパートの特設コーナー。毎年「母の日」が近づくと、街中は「お母さんに感謝を伝えよう」というメッセージで埋め尽くされる。そんな「定番」の光景に、息が詰まるようなしんどさを感じる人が少なくない。
関東地方に住む30歳の女性は、6年前に母の日の贈り物をやめた。きっかけは、母の趣味であるガーデニングに合わせて毎年贈っていた植木が「花ばっかり」とあからさまに落胆されたことだ。色や種類が重ならないよう工夫して選んでいたにもかかわらず、その努力は否定された。欲しいものを尋ねると、高価なブランドバッグを挙げられ、冗談とは受け取れなかった。長年の思いを否定された気がして、贈り物をやめる決断をした。
特設売り場を避け、広告を見ないようにしても
しかし、気は晴れない。今も母の日が近づくと、デパートの特設売り場を避け、広告を見ないようにしても、街全体が感謝を促す空気から逃れられない。この女性のように、母の日に違和感やプレッシャーを感じる人は少なくない。家族に尽くす母親と、そんな母に感謝する良い子という旧態依然とした図式が、母の日には色濃く反映されている。
漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんは、母の日について「こどもの日は昔からのこいのぼりなどの風習があるが、母の日は最近になって作られたもの。感謝はいいことだが、強要されるのは息苦しい」と指摘する。母の日は、本来の感謝の気持ちを超えて、商業主義や社会通念に縛られたイベントになりつつある。
贈り物をやめたその後
女性は贈り物をやめた後、母との関係に変化があった。最初は気まずさもあったが、徐々に「感謝しなければならない」という強迫観念から解放された。今は、母の日に限らず、日常的に感謝の気持ちを伝えるようにしている。母の日が「感謝の日」として固定化されることなく、それぞれが自由な形で親への気持ちを表現できる社会が望ましいと感じている。
母の日がつらいと感じる人は、無理に感謝を表現する必要はない。気持ちを認めて向き合うことで、新たな道が見えてくるかもしれない。



